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書評:小島宏の気になる1冊その346

大石学著「近代日本の知的基盤江戸の教育」(東京学芸大学出版会本体:1200円)

著者は,NHK大河ドラマの解説書「花燃ゆ」(NHK出版)の中の「花燃ゆ豆知識」の監修をしているくらいの江戸の教育の第一人者である。

本書の冒頭で日本の教育の素晴らしさを,「女性の多くが文字を書く。教育では体罰をしない。子どもは寺で学習する。まず書くことを学び,その後で読むことを学ぶ。子どもは10歳にして50歳の判断力・賢明さ・思慮分別がある」(ポルトガル人ルイス・フロイス「日本覚書」1585年),「国民は優秀で,子ども達もよく学問し,規律を守り,外国語も短期間に習得する。生活の恵まれない人たちも優れ,上品で仕事熱心である。日本人は穏やかで,子ども達は下品な言葉を遣わず,暴力も振るわない。大人のような理性と落ち着きをもっている。服装,食事,仕事などは清潔で美しく,全ての日本人が同一の学校で教育を受けたようである」(ポルトガル人アレッサンドロ・ヴァリニャーノ「日本巡察記」1597年),「日本人は子供を注意深くかつ優しく育てる。たとえ一晩中やかましく泣き叫んでいてもぶったりすることはめったにしない。辛抱と優しさをもってなだめ,悪口を言ったりしない。…」(オランダ人フランソア・カロン「日本大王国志」1645年)と紹介している。

そして,これらを基盤としながら,江戸の教育が実にすばらしいもので,日本の現代の教育の基礎になっていることについて,豊富な資料に基づいて論究している。
また,現在当面している課題「中央集権:地方分権」「規制強化:規制緩和」,教育課題「画一化:個性化」「知識・技能:思考力・活用力」に対することにも視点を当て,多くの示唆を与えてくれる。このことは,目次を見るだけでも想像がつこう。

ところで,本書の中に,江戸の教育の質の高さは,戦争(大名の争い)がなく平和な時代だったことが大きく係わっていたというくだりに大きな関心を抱いた。現在世界情勢に通ずることだからである。

Ⅰ:「平和」の到来と文字社会―江戸前期(1文字部社会への胎動,2文字社会の成立,3社会全体に芽生えた教育への理解と関心)

Ⅱ:8代将軍吉宗の教育改革―江戸中期(1享保改革の展開,2吉宗の教育改革―国民教育の振興,3「記憶」から「記録」へ―加速する教育社会)

Ⅲ:国民教育の発達と普及―江戸後期(1藩校・郷校・郷学の発達,2手習所(寺子屋)の普及,3日本文化の発展と外国人の驚き)

終わりに:―「江戸の教育力」を見出す意義(江戸の教育力が支えた明治以降の近代化,現代の課題への射程)