平成18年,教育基本法が約60年ぶりに改正され,その前文に「伝統を継承し,新しい文化の創造を目指す教育を推進する」こと,また第2条第5号において「伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに,他国を尊重し,国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」と示されました。ここで大事なことは,「文化の継承と創・造・」ということ,そして「国・際・社会」の中での文化のあり方という二つの視点です。 伝統文化は古くから大切に伝えられてきたものであると同時に,今を生きる子どもたちが今まさに体験し伝承することで,常に新しくつくり変えられ,新たに創・造・されていくものでもあるのです。 一方で,「国際社会」の中での文化のあり方ということについては,オリンピック・イヤーの今年,その開会式で,どのように日本伝統文化が扱われるのかに興味をもって見ていましたが,木き遣やりの朗々とした歌声やときどき聞こえる箏や三味線の音色,民謡の一節が,オリンピックという国際的な祭りの演出の中で披露されていました。遡れば,1998年の長野冬季オリンピックでも,開会式で雅楽の龍笛や笙の演奏が行われましたし,1964年の東京オリンピックにおいても,やはり雅楽の鼉だ太だい鼓こ(火炎太鼓)が国立競技場に設置され,全世界に日本の伝統音楽文化の一端が紹介されました。世界という舞台に立ったときにこそ,ひるがえって我が国の伝統文化というものが注目され,日本らしさというものが披露されます。国際社会の中で,日本文化のよさや特徴を実感することは同時に他国の文化のよさも実感することになる,互いに対照的な関係だともいえます。 とはいえ,伝統音楽というと敷居が高かったり,あまりなじみがなかったりする印象もあるかもしれません。しかし,見方を変えると,我が国の音楽文化や日本らしい音風景というものは,私たちの身近なところにこそあります。例えば,風鈴の音,お寺の鐘の音,相撲が始まる時の太鼓の音や呼よび出だしの声,身近なところから出発する音楽教科の視点伝統音楽文化の教育の充実千葉大学教授 本ほん多だ 佐さ保ほ美みはじめに物売りの声(いしや~きいも♪,たけや~さおだけ♪etc.)などです。あるいは,秋の虫の声に耳を傾けるということも,古くから受け継がれてきた日本人の音に対する姿勢であり,ある意味でとても日本らしいあり方ということになります。子どもたちの身近なところにある日本らしい音や音風景から出発し,我が国の伝統音楽の授業へと展開していくことができます。 平成29年告示の『小学校学習指導要領解説音楽編』(129頁)では,我が国や郷土の音楽の指導にあたって,音源や楽譜などの示し方,曲に合った歌い方や楽器の演奏の仕方などを工夫する一例として,縦たて譜ふの使用や,口唱歌の活用が示されました。 西洋のいわゆる芸術音楽では,作曲者がはっきりとわかっていることが多く,「作品」としての楽譜が尊重されますが,我が国の民謡や祭り囃子など,郷土の音楽は一般に,誰がつくったともわからない無名性が特徴であったり,書かれた楽譜よりも口伝えで伝えられる口頭伝承の方が大事にされたりするということがあります。口唱歌は,和楽器のリズムや旋律を,言葉に置き換えて唱えるもので,口伝えで伝えられてきた音楽の学習方法です。 右の楽譜は,千葉県の佐倉囃子の《仁にん羽ば》という曲を口唱歌で表した縦譜です。締太鼓の口唱歌は,「テケ天ツクテテスケ天ツクツ」と唱えます。これを見ると,右手,左手,どちらの手で打ったらよいか一目瞭然,すぐにわかります。締太鼓から出るいろいろな音,強弱やさまざまな音色を,昔の人はこのように感じ取って,言葉にし,伝承してきたのです。「テケ」というと「テ」の方が少し強いという感じ,「天」は少しア口くちしょうが唱歌に注目する鉦 締太鼓 左手 右手 ケ ク テ ケ ク 1 2 3 4 5 6 7 8 テ ツ 天 テ ス 天 ツ ツ チッテ チャン チャチャ チキ チチャン ンチャ チャン 20現代的な教育課題とこれからの授業デザインー教科の視点 音楽特集
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