ー7特集輝いて生きるための自分デザイン教科の視点 国語窓に書いた詩にイラストを添える子ども【引用文献】・ナンシー・アトウェル:『イン・ザ・ミドル ナンシー・アトウェルの教室』三省堂(2018)貸出+2冊券)もプレゼントします。さらに、週1回漢字テストも行っていて、毎回の得点を子どもに記録してもらい、数値の変化を見るとともに、ときどきですが平均点を発表することもあります。 風越学園はいわゆる通知表もなく、基本的には「数値による子どもの序列化」からは遠い学校なので、こうした僕の試みは、一見風越学園らしくなく、意外そうに受け止められることもあるし、それ以外の僕の実践とも特に親和性はありません。 しかし、そういう親和性のない、矛盾したように見える両者は、きっとどちらも大事なのです。人間は、各々はもちろん、1人の人間の内部にも多様性を潜ませています。あることが好きでありながらそれに苦しめられることも、その逆もあります。そういう、1人の中にさまざまな矛盾を抱えるのが人間なのだから、授業の中にも意図的に矛盾をうめ込むことが必要ではないか、と考えるようになりました。あくまで主観なのですが、それによって救われている子は、確かにいるように感じています。 冒頭の話に戻りましょう。教室には、多様な子どもたちがいる現実があります。まずは、その多様性を受け入れる、「ありのままの君でいいよ」という声かけが、僕たちには必要です。しかし、学ぶとは変わること、つまり、「ありのままの自分でいられなくなる」ことです。僕は、ありのままでいられなくなる世界にも、子どもたちを誘い続けたい。学ぶことの楽しさや、継続的に学ぶことで得られる手応えに、どの子にも出会ってほしいと願うからです。 「ありのままでいいよ」と「ありのままではよくないよ」。教育とは、この2つの矛盾した言葉を、どちらも子どもたちに語りかける仕事といえるでしょう。僕たち教員には、その矛盾を抱き続ける強さが求められるわけですが、その先に、子どもたちの一人一人の可能性や多様性が輝く姿が見られるのではないかと、僕はひそかに期待しています。 本稿では、そんな子どもたちの姿を見るために最近の自分が心がけている3つの視点について書いてみました。どれも明日の授業からできるというものではありませんが、読んでくださった皆さんの考える種となって、問いの茎を伸ばしていくものであればと願っています。(2)多様性を受け入れる集団をつくる 教室の多様性を「おもしろがる」までは難しくとも、「受け入れる」集団をつくりたいと考えています。そんな集団の中でこそ、学びに苦手意識をもつ子もいきいきと自分の学習に向かえるからです。 こういう子どもどうしの関係性づくりについては、風越学園校長(元小学校教諭)の岩いわ瀬せ直なお樹きさんをはじめ、小学校で優れた実践を残した先達が数多くいて、むしろ僕が日々学んでいる最中です。そして、その僕が心がけているのは、どの子も1人の「書き手」「読み手」として尊重される場をつくること。誰かの文章のよいところを共有するだけでは、得意な子だけが活躍しやすい構図になってしまいます。ですから、得意・不得意に関係なく子どもが自分の文章の執筆プロセスについて語り、みんながそれに耳を傾ける時間をつくること。また、いろいろな先輩が教室にやってきて、自分と本の関わりについて話してくれること。さらに、お互いの文章を読み合って、そのよさを見つけること。例えばそういう活動を通して、どの子にも、自分が読み手・書き手として尊重される感覚をもってほしい。絵を描くのが好きな子には、僕が毎月教室の窓に書く詩にイラストを添えてもらっています。その子なりの、いろいろな国語との関わりが認められる教室空間でこそ、安心して過ごせると思うからです。(3)意図的に「矛盾」をうめ込む ここまで書いたこととは別に、僕が授業の中で「数値」を取り上げる場面もあります。例えば、僕は「読書1万ページ」という読書記録を子どもたちに書いてもらっており、そこで読書の累計が1000ページに達するごとに、週1回発行する「国語教室通信」で名前を出して小さく表彰します。また、累計1万ページに達した子には、表彰状と副賞(図書「ありのまま」と「変わろう」の両方を
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