教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.6 (中学校版)
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「考える時間」を楽しむ授業デザイン教科の視点 道徳特集21 意見が複数出たところで、「(「私」は)ヤコブは優しいと思ったのではないかな。」という意見を受けて、ヤコブの行為に視点を移し、次のように展開しました。T2 ヤコブは、どうしてうそをついてまで、カーテンの向こうの景色について作り話を語ったの?C3 絶望の中で少しでも患者たちを楽しませるためだと思う。C4 みんなに希望をもたせたくて。みんなを笑顔にしたくて。 これらの意見から、「みんなのため」という大きなまとまり(層)ができてきました。そこに焦点を当てて切り返し発問をしていくことで、重層的な展開が生まれると考えました。T3 そうか、みんなが言うように、ヤコブは病室にいるみんなに希望を与える、楽しませるために作り話をしたのだね(やや挑発的に)。C5 それもあるけど、それだけじゃなくて、自分もうれしいのではないかな。T4 自分もうれしいの? 苦しいのではなくて?C6 これはヤコブしかできないことだし、ヤコブはとてもつらいけど、病室を少しでも明るくできるということは、うれしいことじゃないかな。 「みんなのため」だけでなく、「自分自身のため」という層もできました。更にここから、ねらいとする道徳的価値に迫るために、「ヤコブ」から「人間」そのものへと向かう切り返し発問をしました。T5 でも、だよ。そうする必要があるの。ヤコブを含めて、もう死を待つだけの患者ばかりだよ。死に向かう現実はしんどくて笑えないほどだよ。人間って、ねえ、そんなことできるのかなあ。 人間の問題としてどうなのか、という新たな視点で問いかけました。すると、しばらくの間沈黙が続きました。極上の沈黙です。ふだん考えたことがない問題の前で立ち往生をしているようです。死に向かう苦しみはその経験のない者には理解しがたいものがあるかもしれません。ヤコブの行為は魂の叫びと言えるかもしれません。私は黒板に大きく「人間」と板書して、発言を求めました。C7 ヤコブ自身、かなり迷ったうえでのこと。人間には想像力があるので、たとえ真実とは違っても希望をもたせることができると考えて、ヤコブはやったのだと思う。C8 人間は最期まで人間らしく生きたいと思ってC1 わあーという感じで、たぶんショックで言葉にならなかったと思う。C2「ヤコブは早く死ねばいい」と思っていた自分のことが嫌になった。いて、ヤコブのような優しさがあれば、誰でもヤコブのようにできると思う。T6 とすると、ヤコブだけではなく、人間は誰でもそうできるということになるかな。 このように、人間誰しもがもっている「よりよく生きたい」という核心部分に迫った話し合いをしたうえで、「じゃあ、この後、真実を知った『私』はどうしたと思う?」と問いかけました。 「ヤコブのやったことを引き継ぐと思う。」と、「引き継ぐ」という言葉が出され、同様の意見が続きました。「自分だったら本当のことを言ってしまうかもしれない……でも、よくわからない。」と自分に置きかえて悩む生徒もいました。(3)終末段階の工夫 終末では黒板のカーテンを利用しました。生徒が振り返りを記述している間に、そっとカーテンの裏に写真を忍ばせておきました。 「みんなのこれまでの一生懸命な姿を見ていたら、『おーい、虹が出ているよ。みんなの上に虹が出ているよ』と叫びたくなるなあ。想像力で。」と言ってからカーテンを開けると、本当の虹が出ている写真が現れました。生徒はとてもうれしそうでした。 重層的な展開にするための切り返し発問としては、ねらいとする価値に対する反価値を提示する発問などが、対立を生み、深い思考を促すのに有効ですが、今回のように、同質の意見の中で視点を「みんなのために→自分のために→人間としてよりよく生きるために」と広がりのあるイメージで展開し、重層的に考えを深めていくと、ねらいへと迫っていく道筋がわかり、考える楽しさを味わううえでも大変有効です。今回の授業では、「ヤコブがやったことにはどんな意味があるの」など、切り返し発問を複数考えて臨みました。 授業後の休み時間に、黒板中央のカーテンを開けて、虹をじっと見つめている生徒がいました。声をかけられないほど見入っていました。「よりよく生きる喜び」と虹がイメージとして結びついたように思えた瞬間でした。考える楽しさを、彩りを、潤いをー

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