「考える時間」を楽しむ授業デザイン提言ー5特集のではなく、遠くからそれとなくうちわで帆をあおいでやるようにするのです。そうすれば先生が「こっちに行こう」などと言わなくても、子どもたちは自分で方向を選んだ気になってくれます。先生は黒子に徹して、本人が自分で行動したかのように仕向けるのです。私もふだんから学生の相手をするときは、「自分で研究テーマを選んだ」、「自分で考えてこの研究をした」と彼らに思ってもらえるよう、心がけています。 人はやらされているのではなく、「自分で選んだ」と思えるときに主体性を感じ、楽しいと思う生き物です。また、簡単な問題ばかりでは飽きてしまうので、失敗も経験して、じっくり考えねばならないような難しい問題を解いたときに達成感を覚える生き物でもあります。 ですから、1回子どもたちを迷路に放り込んであえて迷わせ、考えさせてあげることも重要。そのとき、迷路の上から「ああ、迷っているなあ」と高みの見物を決め込むのではなく、演技でもいいから、子どもたちと一緒に迷路に入り込んで、迷わないといけない。そうでないとおそらく子どもたちの心はつかめないと思います。私も常に「一緒に行ってみようよ、僕もわかんないからさ」という姿勢で、学生と一緒に研究に取り組んでいます。 こうした心理を理解し、どれだけ授業に取り入れられるかが、子どもたちが考えることを楽しめる授業になるかどうかのポイントとなるでしょう。池谷 裕二 いけがや ゆうじ1970年静岡県生まれ。東京大学薬学部教授。薬学博士。 脳研究者。日本学士院学術奨励賞(2013)をはじめ、さまざまな学術・研究奨励賞を受賞。自身の研究成果や脳科学などに関する専門的な内容をわかりやすい言葉を用いて読者に語りかけながら、具体例、実験結果などを紹介・解説し、小・中・高校生向けの文章や対談、インタビューなども多い。著書に『単純な脳、複雑な「私」』(朝日出版社 2009)、『自分では気づかない、ココロの盲点 完全版』(講談社ブルーバックス 2016)他、多数。教育出版発行の教科書『せいかつ』、『伝え合う言葉 中学国語』編集委員を務める。子どもたちの主体性を重んじる 先生は子どもたちがまちがえたり失敗したりするのを大いに推奨してあげてほしいですね。まちがえることは恥でも悪いことでもなく、むしろ学びのためには必須なのですから。ただし、子どもたちが同じまちがいを何度もしていたら、それは先生の教え方に問題があるのかもしれません。「違うやり方もあるよ」という視点を変化させるためのはたらきかけがなかったのかもしれません。 その子が前と同じ失敗をしたかどうかわかっていないと、先生も次に別の失敗に導けないので、子どもたちをよく観察していないといけません。自主学習のときでも先生は決して楽はできないですね。 子どもたちの主体性は大事ですが、完全にほったらかしでいいというわけではないのです。大学生においても、「資金はいくら使ってもいいから自由に研究しなさい」と言われてもできるものではありません。目ざすべき指針がないと、何かを研究しようにも大海原のどこを進んでいるかもわからず、さまよっているようなものですから。 先生の何らかの方向づけは絶対に必要なのですが、子どもたちが自分で選択したと思わせなくてはいけません。いうなれば子どもたちは大海原にヨットを浮かべて帆を張っているようなもので、先生はヨットに乗り込んで、あっちだこっちだと指図する
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