小学校道徳:特別支援学級での子ども主体の道徳学習
静岡県富士市立広見小学校教諭
〈教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.2 (小学校版) 2022年4月発行より〉
道徳科を特別支援学級で実践する
令和元年当時の勤務校における特別支援学級は、知的障害1クラス、情緒障害1クラスで、それぞれのクラスに担任と介助員が一人ずつの構成でした。その当時の実践を振り返ってご紹介します。
自閉症・情緒障害特別支援学級(以下、本学級)では、1年生・2年生・5年生・6年生の子ども計5名が在籍していました。
本実践は、各学年の各教科・領域の目標と、道徳科の指導を整理して実施したものです。本学級では、知的障害特別支援学級や特別支援学校で実施されている生活単元学習や日常生活の指導を、教育課程に位置づけて実施することができないため、各教科・領域の目標を達成させつつ、それぞれの子どもたちにそった目標や課題を個別に設定し、かつ一人の担任が1時間の中で同時に指導する必要がありました。
子ども主体の学びを起こすために重視したこと
とかく、自閉情緒学級での授業実践の話になると、「席についていなかったら(どうしよう)」「パニックになったら(どうしよう)」「暴れ出したら(どうしよう)」という「どうしよう」にあらかじめ対応しようという授業づくりを始めることがあります。しかし、授業は本来子どものためにあるはずです。「どうしよう」という事態が起きることも道徳の学習だと捉えてみてはどうでしょう。本実践では、子どもたちの潜在能力を信じて活動の目的と流れをはっきりさせることと、子どもたちの身近なものから考えやすいように、楽しめるものに、ということを重視しました。
道徳科の専門的な話に立ち入ってみますと、かつて行われた文部科学省の有識者会議「道徳教育の充実に関する懇談会」の報告書の中で、道徳教育について次のように示されています。
人間の在り方に関する根源的な理解を深めながら、社会性や規範意識、善悪を判断する力、思いやりや弱者へのいたわりなどの豊かな心を育むことが求められている。
これをふまえて、提示する題材や発問は、他者と関わりながら豊かな心を育む道徳学習になるようにということを意識しました。
授業の実際と子どもたちの様子
以下は、NHK for School の動画を使った実践です。毎回の授業で映像ばかり使うわけにもいきませんが、映像にはメリットがあります。話の内容を文字から理解させるよりもわかりやすく、中心発問について考える時間が十分に取れます。
これは特別支援学級の事情ですが、多学年にわたる道徳の授業は、集団学習といういわば常に多面的・多角的見地からの意見交流ができる点で、特別支援学級ならではの利点として捉えることができます。一方で、特定の学年の教材を扱うと、どうしてもある学年の子どもの目標は達成したけれど、それ以外の子どもの課題設定には無理が生じてしまうという難点もあります。教科書を使った道徳の授業は、わたりの方法を使った指導(子どもが一人で学習する時間と教師が関わる時間とを設定して、子どもの間を教師が行ったり来たりする指導)が考えられますが、これは別の機会に紹介できたらと思います。
(1)教材概要
教材:『ルールって本当に必要?』(「Q〜こどものための哲学」NHK for School)
この映像資料は、一つの事柄をテーマとして設定し、その事柄やテーマを深く考えるもので、「Qくん」という少年が主人公になっているシリーズ物です。
今回の話は、おもちゃをかたづけているQくんが、「まったく、めんどうくさいなあ。なんで毎日かたづけなきゃいけないんだよ。どうせまた明日使うんだからそのままでいいじゃん」と、お母さんと決めたかたづけのルールに不満げな様子を示すところから始まります。「ルール、ルールってうるさい! なんでルールなんてあるのさ!」とQくんが叫んだところで、「ルールって、本当に必要なのでしょうか?」という問いの設定へといたり、考える時間となります。
この資料を使って、「ルール」を「約束」という子どもたちにとって身近な言葉に置きかえて考えることで、「規則の尊重」について考えていきました。
(2)授業の実際と子どもたちの様子
①発問:「もしも、約束がなかったらどうなっちゃうだろう?」
1年生の子が「勉強ができなくなっちゃう」と困った様子を示します。その困った姿を見て5年生が「確かに、めちゃくちゃになっちゃうよね」とつなぎます。少し間をおいて別の子が「自由じゃん。自由」と言い、その話を聞いた子が「でも、何か違う気がする」と話したところで、みんなで映像を見ました。
②中心発問:「ルール(約束)は必要なのだろうか?」
授業の準備段階では、「どうしてルールってあるのだろう」や「お母さんと決めたルールを守ろうとしているQくんは、どんな気持ちなのかな」といった発問も考えていたのですが、授業中のやりとりを見て、中心発問から授業を進めていったほうがいいのではないかと考え、映像を見た後に、中心発問を発しました。「(約束)」という文言は、「ルールは必要なのだろうか」という教師の発問に対して、子どもから「ルールって『約束』ってことでもいいの?」と反応があったのでつけたしたものです。
子どもたちは、はじめは「きれいな部屋がいいから」「勉強は大事だから」といった、自分を主語とする考えが多かったのですが、しだいに「ぼくのためにも、みんなのためにもルールが必要」「みんなが気持ちよく生活するために必要だよね」と他者にも目を向けている考えがみられるようになりました。こうした考えの広がりは、多人数で学習をすることの利点だと考えます。
おわりに
(1)特別支援学級での実践という視点から
本時の指導内容は、「C 主として集団や社会との関わりに関すること」の「12 規則の尊重」の第1学年および第2学年における「約束やきまりを守り、みんなが使う物を大切にすること。」にあたり、第5学年および第6学年においては、「法やきまりの意義を理解した上で進んでそれらを守り、自他の権利を大切にし、義務を果たすこと。」にあたります。また、「特別の教科 道徳」の「指導の配慮事項」の「4 多様な考え方を生かすための言語活動」にそって実践しました。
ふだん、なかなか自分の気持ちを言葉にしたり、思いを言葉で伝えたりすることができない子どもたちですが、自分ではない他者を使って考える(今回はQくんがそれにあたる)ことで、単語のかたちであっても何かを捉えることができ、誰かがつないでくれた、わかってくれたという経験ができたということは、これからの集団生活にもつながっていくものだと考えます。
(2)いわゆる通常学級への応用という視点から
子どもの言葉から中心発問を考えたり、やりとりを大事にしたりするという、これまでの授業研究でもいわれてきたことの大切さが改めて感じられました。また、ワークシート等を使って考えを書くという活動を取り入れなくても、目的と流れを大まかに決めておいて、あとは子どもの発言や反応を見ながら授業を進めていくことでも十分に本時の課題は達成できるといえます。
意見交換やともに考える空間を作るといった他者との関わりを設定することによって、子ども主体の道徳学習ができていくのではないかと考えます。
全員で輪になってやり取りをしている様子
授業構想の際に考える他教科・領域のメモ