小学校道徳:子どもの体験に基づいた道徳授業
上越教育大学附属小学校教諭
〈教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.3 2022年9月号より〉
体験からつくる道徳
「小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 特別の教科 道徳編」の「第1章 総説」には、「発達の段階に応じ、答えが一つではない道徳的な課題を一人一人の児童が自分自身の問題と捉え、向き合う『考える道徳』、『議論する道徳』へと転換を図るものである」と書かれており、道徳的な課題を自分自身の問題として捉えることの重要性が示されています。このことは、これまで道徳授業の課題として指摘され続けてきたことでもあります。
そのためには、子どもが自分自身の課題として捉え、答えが一つではない課題に向き合い、道徳的な価値観をつくる授業の具現を目ざす必要があると考えます。そこで、子どもの体験から道徳授業をつくることを提案します。子どもの体験から道徳授業をつくることによって、子どもは自らの体験において矛盾や葛藤を感じていることについて仲間と議論しながら、解決や解消をしていこうとします。そうすることで、実感をもって課題を見つめ、本音で語り合いながら、自らの道徳的な価値観をつくっていくことができます。
子どもは、学校生活において、道徳的な課題に日々出会っています。総合的な学習の時間で取り組んでいる活動や、国語や社会などの教科の活動、学級や全校で取り組む特別活動や学校行事、縦割り班活動や休み時間、清掃などで、学校生活のさまざまな場面で疑問を感じたり、仲間との考えの違いに出会ったり、葛藤したりしています。このような子どもの体験をもとにして、そこに含まれる道徳的な課題について考えていくことで、子どもは自ら考え、道徳的な価値観をつくっていきます。
体験からつくる道徳授業の実践例
(1)教材概要
教材
『受けつがれてきた命―屋久島三代杉―』
(教育出版、4年生)
内容項目 自然愛護
(2)ねらい
自然を大切にするということについて話し合うことをとおして、自然に手を加えることの是非について考えたり、手を加えることが全てよくないわけではないのではないかと考えたりしながら、自然を大切にすることについて認識を深めていく。
(3)活動設定の意図
4年生の子どもは、「創造活動」(総合的な学習の時間に位置づく教育活動)において、「自然公園」を対象として、人と自然がともに生きるには、どのように関わっていくことがよいのかということについて見つめています。
子どもは、1学期の活動で、地域の自然公園を繰り返し訪れ、自然公園で生き物を捕まえたり、木を切って基地を作ったり、植物を摘んで押し花にしたりしてきました。自然公園で楽しみながら、そこにある自然を守りたいという思いを強くしました。そして、よりよい自然公園であるためには、そこにある自然を大切にする必要があると考えました。一方で、どうすることが自然を大切にすることなのかということについては、一人一人の考えに違いがあり、活動の中で意見がぶつかる場面が見られました。
そこで、『受けつがれてきた命― 屋久島三代杉― 』を読むことで、1学期の活動で自らが体験してきたことを思い起こし、自然を大切にするということについて議論していけるのではないかと考えました。そして、その議論の過程において、道徳的な価値観が現れ、つくり変わっていくのではないかと考えたのです。
(4)授業の実際
●「私たちも切ってるじゃん」
教材文を読んだ子どもは、二代めの杉が人の手によって切られてしまったことに着目しました。そして、木を切ることの是非を話し合いました。「木も生きているから、切ってしまうのは悲しい」「切った後も大切に使えばいいんじゃない?」と、対立する意見が出されました。すると、一人の子どもが「私たちも、自然公園の木をたくさん切ってきたじゃない」と話しました。この発言によって、木を切るということが、遠くの誰かの話ではなく、自分のこととして自覚されたのです。「私たちは基地作りをするっていう目的があるし、大切に使ってるよ」「でも、4年生が終わったら基地はなくすでしょ。だったら、意味ないんじゃ......」と子どもたちの心は揺れ動きました。
●「ぼくたちが自然公園を荒らしているんじゃないの?」
話し合いが進む中で、木を切ることだけではなく、生き物を捕まえることについても同じことが言えるのではないかという意見が出されました。そして、ここまでの話し合いを聞いていた一人が「ぼくたちは大池いこいの森(活動で訪れている自然公園の名称)で木を切ったり、生き物を捕まえたりしている。だから、ぼくたちが自然公園を荒らしているんじゃないの?」と話しました。
みんなは、自然公園をよりよくしようと考え活動してきたことが、実は逆だったのではないかと問われ、これまでの活動を振り返り、見つめ直し始めました。
自分が自然公園を荒らしてしまったかもしれないと考える子どもは、木を切ることは人が生きるうえで必要なことだから仕方ないとしながらも、生き物は捕まえないほうがよいと考えました。「人が捕まえることで生き物を犠牲にしたくない」と、生き物については人が手を加えないことが、自然を大切にすることであるという価値観をつくりました。一方、人が手を加えても自然公園を荒らすことにならないと考える子どもは、際限なく木を切ったり、生き物を捕まえたりすることはよくないが、木や生き物などの自然と関わることで、自然のよさを感じてほしいと考えました。自然と関わり、よさを感じることが自然を大切にすることになるという価値観をつくりました。
実際の板書
おわりに
子どもが道徳的な課題を自分のこととして捉えるうえで大切なことは、自分たちが体験から得た実感に基づいて考えることです。木を切りながら「森を守りたい」と考えたり、生き物を捕まえながら「長生きしてほしい」と願ったりする中で、自分が大切にしたいと考えること、つまり道徳的な価値観がつくられていきます。そして、体験に基づいて話していくことで、「自然を大切にする」ことの具体を見つめ、そこに自らの道徳的な価値観が現れ、自覚していきます。
道徳で大切にされるべきは、道徳的諸価値を教えてもらうことではないと考えます。子どもが自らの体験から得た実感に基づき、仲間と議論する中で、正しいと思うことと自らの行為のずれや、仲間の考えとの違いに迷い、葛藤しながら、自らの道徳的な価値観をつくり続けることだと考えます。そうすることで、その道徳的な価値観が確かなものになったり、つくり変わったりし、子どもたちは、よりよい生き方を見つめていくことができるようになるのです。