中学校道徳:生徒の深い学びにつながる道徳科の実践
横須賀市立馬堀中学校教諭
〈教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.2 (中学校版) 2022年4月発行より〉
はじめに
2020年、新型コロナウイルスが猛威をふるい、私たちの生活は大きく変化することになりました。学校現場でも3か月以上の休校や、さまざまな活動や行事が中止・縮小し、生徒たちの考え方や価値観に、私たちが考えていた以上に大きく影響を与えました。生徒たちの体験数は激減し、それに伴い人との関わり方や自分の行いの是非について考えることも少なくなってしまいました。道徳科の授業では、こうした体験数の減少を少しでも埋め、生徒たちが自分ごととして考える機会になるようにと考えています。
ここでは、授業のおおまかな流れを通して生徒たちが自分ごととして道徳的価値を考えることができるような実践を紹介します。
※ここでの実践は全て教育出版『中学道徳1 とびだそう未来へ』によるものです。
"考えどころ"の設定
授業の中で生徒が話し合いを行いやすいように、各授業の初めに"考えどころ"を提示しています。"考えどころ"とは、例えば教材「不自然な独り言」(B 思いやり、感謝)では、「本当の思いやりとは......?」、教材「自分で決める」(A 自主、自律、自由と責任)では、「自由とはどういうことだろう」など、教材を通して生徒に考えさせたい道徳的価値のことです。板書により、生徒にも"考えどころ"を印象づけることで、生徒どうしの話し合いのときでも、着地点を見失うことが少なくなります。また教師も、全体の意見交換や話し合いが脱線したときに、"考えどころ"に基づいてブレることなく授業を展開することができます。
話し合い活動の充実
授業では、生徒たちの思考がより深まるようにそれぞれの教材で工夫をして展開しています。話し合い活動の際には、「個人で考える→ペアや4人グループなどの小グループで話し合う→クラス全体で小グループや個人の意見を発表・考えを共有する」という順序で生徒の考えが深まるようにしています。その際、私が気をつけていることが二つあります。
一つめは、"視覚に訴えるものを活用する"ことです。心情ものさし(写真①)や、黒板を左右に分けて名前のマグネットを貼る方法は、自分の心情や立場を表すことができます。教材「自分で決める」では、心情ものさしを使用して、「瑠花に"一緒に部活を辞めよう"と誘われて、"ちょっと考えてみる"と返事をした時の陽香里の気持ちはわかる?」と問いかけました。気持ちが理解できる生徒は赤色の画用紙を、気持ちが理解できないという生徒は青色の画用紙を、その程度に合わせて重ね合わせます。どちらも半々だという生徒は赤と青を重ねず、一直線にしていました。生徒は目で見ることで、クラスの仲間がどのような考えをもっているのか興味をもち、自分とは違った意見を聞きたくなります。また、他の人の意見を聞いて自分の意見が変わったりしたときも、簡単に位置を動かすことができます。
写真① 心情ものさしでは意見を可視化でき、教師も生徒の考えを引き出しやすくなります。
また、今年度からGIGAスクール構想の一環として、生徒に一人一台のタブレット端末が貸与されました。Google Jamboard(写真②)などのアプリは、生徒たちの意見を共有したり整理するのにとても便利です。教材「幸せな仕事って」(C 勤労)では、Google Jamboardを使用し、「働くことの意義とはどんなことがあるだろう?」と問いかけました。個人で一つずつ考えを思いつくままに付箋に書いたあと、グループ内で意見の内容に合わせて色を変えたり、意見が近いところに位置を動かしてまとめたりと、教師が指示を出さなくとも生徒たちが話し合いを進める姿が印象的でした。
写真② 内容に合わせて付箋の色や位置を動かし、線を引いたりして整理することができます。(編集部注:マイクロソフトの許諾を得て使用しています。
二つめは、"教師が話し合いのコーディネーターとしての役割を果たす"ことです。授業の初めに提示した"考えどころ"から外れないように話し合いを進めながらも、生徒の心を揺さぶるような発問をし、意見を引き出すことが大切です。そういった教師のはたらきかけによって、生徒が自分自身の考えをより深めたり、多角的な視点で考えることにつながります。
中心発問の設定
中心発問は内容項目、そして授業の初めに提示する"考えどころ"に沿った内容で作成します。生徒が教材の中に書いてあることから抜き出したり、表面上の思いで答えてしまったりするようなときには、「どうしてそう思う?」「それってどういうこと?」と問い返し、心の内面に向き合うようにします。
例えば教材「幸せな仕事って」では、中心発問として、「光太郎にはどうして夕焼けの太陽がいつもより優しく見えたのだろう」と設定しました。生徒たちは、仕事の意義がわからず不安に思っている主人公が、働く大人のさまざまな話を聞いて、前向きに考えることができるようになった心情の変化を考えることができました。教材の中にある主人公の心境の変化や場面を扱うことで、単なる仕事の意義についての共有に終わらず、主人公を通して自分の意見を言うことができたと思います。
また、中心発問の中でロールプレイを行うこともあります。教材「不自然な独り言」では、主人公役(声をかける側)と、目の不自由な男の人役(声をかけられる側)のペアになって行い、体験的な学習を取り入れることで、思いやりの気持ちを伝えることの難しさを改めて実感した生徒が多かったようでした。しかし、体験を通してわかったからこそ、思いやりの気持ちを伝えるときに大切にしたいことを生徒一人一人が深く考えることができました。
このように、中心発問では内容項目の道徳的価値について深く考えることができるような発問内容や、活動の工夫を考える必要があります。中心発問が内容項目や"考えどころ"に沿っていなかったり、生徒が正しい答えを探してしまうようなものだったりすると、考えることや、話し合うことに消極的になってしまいます。反対に、中心発問で生徒たちの心を揺さぶる工夫をすることで、それぞれがさまざまなことを考え、教師も生徒も充実した時間を過ごすことができます。1時間という限りある授業の中で、どれだけ生徒の思考を活発にはたらかせ、心の深層部分に迫ることができるかが道徳科の授業を行う最大の醍醐味です。
おわりに
今回は、生徒が深い学びをすることができるような実践の一例を紹介しました。生徒たちが主体的に考えるためのさまざまな工夫があると思いますが、どんな手法を使うにしても、"深い学び"につながるための授業の流れや発問を考えることが大切です。他の教科とはまた違った生徒の考えや一面を見ることができるのも、道徳科の授業のおもしろい点です。授業の中で生徒の心を揺さぶり、さまざまなことを考えることで、よりよく生きるための生き方について捉えることができると思います。
道徳科の授業を通して、生徒たちがさまざまな道徳的価値について考える機会をもつことができるように、生徒理解をしながら、発達の段階に応じて、道徳的な課題を生徒一人一人が自分自身の問題と捉えて向き合うような授業をつくっていきたいと思います。
(編集部注:本稿は2022年1月にご執筆いただきました。)