小学校生活:子どもが主体的に関われる生きもの教材を探して
北海道札幌市立南郷小学校校長
〈教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.3 2022年9月号より〉
子どもたちが大好きだったアメリカザリガニ
私が勤務している北海道札幌市では、以前生活科の学習で、アメリカザリガニを扱う学校が多くありました。しかし今では、ほとんど扱っていないと思います。アメリカザリガニは教材として魅力的な生きものです。動きがダイナミックで、怒ると大きなはさみを振り上げます。えさを食べている時の様子も歩脚の先にある小さなはさみでえさを口まで運び、なんとも愛らしい姿です。おすとめすの違いもはっきりしていて、子どもたちが恐る恐るつかんではひっくり返し、お腹のところを見ておすかめすかを調べることができます。そして、うまく育てると卵を産み、子ザリガニを見ることができます。成長していくと脱皮を繰り返し、飼育している子どもたちを驚かせます。きれいに脱いだ殻はもう一匹のザリガニと間違えるくらい姿かたちがはっきり残っています。
学校から姿を消したアメリカザリガニ
そんな子どもたちに人気のあるアメリカザリガニですが、私のまわりのほとんどの学校がアメリカザリガニを教材屋さんから購入していました。近くに川がある学校でも、アメリカザリガニを子どもたちが自分で捕まえることは、ほぼできません。北海道では、昔から野生のザリガニといえばニホンザリガニが一般的です。しかし、ニホンザリガニは絶滅が心配されていて捕まえることはかないません。子どもたちが自分で捕まえることなく、ある日突然教室に先生が購入したアメリカザリガニがやってきます。そんな教材屋さんから購入していたアメリカザリガニですが、購入しても長生きしない個体が多く、それでも追加注文して道外からわざわざ空輸してもらうのですが、値段の割にひ弱なものがたくさんいました。そんなに苦労して入手したアメリカザリガニなので、クラスで飼育できる数は限られます。昔はひとり一匹という学校もあったと聞いていますが、多くはクラスに数匹のアメリカザリガニを子どもたちが当番でお世話するのがやっとです。ところがアメリカザリガニの入手先となる教材屋さんが近年はアメリカザリガニを扱わなくなりました。その理由は平成17年に施行された「外来生物法」に基づくものと考えられます。
アメリカザリガニが外来種であることをしっかり子どもたちに伝えて、川に放すのではなく、最後まで飼育することの大切さを教えることが本来は重要なことだと思いますが、令和2年に外来ザリガニ全種(アメリカザリガニは除く)が特定外来生物に指定されたことからアメリカザリガニを敬遠するようになりました。そんなこともあり、教材屋さんとしても販売を継続することが難しくなったと思われます。いずれにしても長く生きもの教材として扱われてきたアメリカザリガニが手に入らなくなったのです。先生たちは、アメリカザリガニに代わる生きもの教材を探すことに迫られました。
子どもたちの身近にいる生きもの教材を求めて!
私も、魅力的で子どもたち一人一人が主体的に関われる生きもの教材を探すことにしました。そのためには、自分の思いや願いを生かして、対象に関われることが必要だと思います。アメリカザリガニを当番で飼育していた時は、隠れ家を自分で置きたくてもすぐに置くことはできません。水かえをしてあげたくても、当番の決め事があります。まだその時ではないからやってはいけないと周りから言われてしまいます。教材屋さんから購入する生きものでは数に限りがあり、どうしても当番で飼育することが多くなります。そこで、購入するのではなく身のまわりの生きもので長く飼育できる生きものを探しました。まず、思い当たったのは、カタツムリです。自宅の庭には毎年カタツムリを見かけるので、簡単に捕まえることができました。しばらく校長室で飼育して教材としてどうか様子をみることにしました。水分をしっかり与えること、こまめに掃除をすることを心がけると、長く飼育することが可能であるとわかりました。にんじんを与えるとオレンジ色のふんをしました。しばらくすると卵を産み、カタツムリの赤ちゃんがたくさん生まれました。子ザリガニが生まれた時と同じような感動です。しかし、ザリガニのようにはいかないこともたくさんありました。カタツムリにはおすとめすの区別がありません。雌雄同体の生きものです。そして、ダイナミックな動きはほとんどありません。ゆっくりしか動かないのがカタツムリです。ザリガニにはある脱皮もカタツムリにはありません。子どもたちが飼ってみたい、かわいい、育ててみたいと思えるかどうか?子どもが主体的に関われる教材としてふさわしいか?少し疑問も感じました。更に調べてみると、本校の近くにはカタツムリがほとんどいないことや、人体に危険な寄生虫(広東住血線虫など)を媒介する危険性があることも判明しました。子どもたちが自分で見つけ、自分で捕まえて、飼育してほしいと思っていたので、約1年半育てていたカタツムリの教材化は諦めることにしました。
ダンゴムシが救世主!
現在は、校長室でダンゴムシを飼っています。ダンゴムシとの出会いは教科書がきっかけでした。教科書にはダンゴムシの脱皮の写真が載っています。教科書に載っているダンゴムシなら教材としても大丈夫だろうと思いました。子どもたちにダンゴムシを見たことがあるか聞いてみると、「校庭にもいるよ」と言って捕まえては校長室に届けてくれるようになりました。今では飼育ケースに何匹いるかわからないくらいです。手のひらに乗せていた子の目の前でたくさんの黄色い赤ちゃんがあふれるように出てきて、びっくりしたこともありました。チョンと触ってみて「小さくてもちゃんとダンゴになるんだ」と丸くなった赤ちゃんを見ながら発見していました。休み時間に見に来た子が、大きなダンゴムシを「キングダンゴ」と名づけて探しています。キングを見つけた子が「おすかな?めすかな?」とつぶやいたので、すかさずダンゴムシの本を開いて見せました。そのページにはおすとめすの見分け方が書かれています。金色の模様があるのがめす、真っ黒いのがおすです。その子は「これはめすだからキングじゃなくて、クイーンだよ。」と教えてくれました。子どもの主体的な学びには、教師の出番も必要です。子どもに全てを預けることが主体性を生むと思われがちですが、ここぞというタイミングで教師の出番があります。子どもの思考だけでははい回ってしまうと感じた時、体験の価値に気付けていない時などが教師の出るタイミングです。そのためには、子どものつぶやきに耳を傾けることも大切です。
生活科の仲間の先生が、ダンゴムシを題材にした生活科の授業を実践してくれました。もちろん一人一人が「マイダンゴムシ」を育てていました。「足の数は何本?」「どんなものを食べるのかな?」「居心地のよいすみかは?」「何秒でダンゴからもとにもどるかな?」「どうやって水を飲むの?」たくさんのはてなが出てきました。観察したり、調べたりしながら、わかったことを、「ダンゴムシ図鑑」にまとめていました。ザリガニに代わる生きもの教材はこれだと感じました。
アメリカザリガニに代わる生きもの教材を探す中で子どもたちの主体的な関わりについて、改めて考えさせられました。関わりたくなる魅力があること。できれば身近な生きものがよいこと。子どもたちの声に耳を傾け、主体的な学びを支える教師の出番も大切なこと。これからも子どもたちが主役になれる生活科を目ざしていきたいと思います。