中学校数学:協働する活動を通して育む「学びに向かう力」
大分大学教授
〈教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.4 2023年4月号より〉
学びに向かう力とは
理想的な学びの姿とはどのようなものでしょうか。これは先生がたによってさまざまだと思われますが、そこに共通する姿として、教師の支援がなくとも子どもが見通しをもって粘り強く取り組み、その過程を振り返って自ら学ぶ姿があるのではないでしょうか。そのような学びを支える力は「学びに向かう力」と呼ばれ、学習指導要領の目標でも示されています。そこでは、粘り強く考える態度、数学を生活や学習に生かそうとする態度、問題解決の過程を振り返って評価・改善しようとする態度があげられています。
これらの態度は直接的な指導によって育成されるというよりは、多様な機会を設定し経験を積み重ねていくことによって、徐々に育成されていくものです。このとき、どのような機会や経験を積み重ねればよいでしょうか。粘り強く考える態度、数学を生かそうとする態度の背後には、数学のよさの実感があります。子どもはよさを実感するから、次も粘り強く考えようとしますし、数学を使おうとします。また、振り返って評価・改善する態度の背後には、よりよくしたいという気持ちがあります。簡潔に表現したい、的確に伝えたい、バラバラではなく同じものとして統合的に理解したい、能率的に処理したいという気持ちが評価・改善へと子どもを向かわせます。そのような背後にある実感や気持ちを経験する機会を設定することが、学びに向かう力の育成につながるのです。
例えば、中学校2年生の教科書に1次関数の活用場面として印刷会社を選択する問題があります。
令和3年度版『中学数学2』教育出版 p.95)
この問題では、お得な印刷会社を説明するために表、式、グラフのどれでも使うことができます。このような場面で、表、式、グラフのどれを使うとよいかを考えると、学びに向かう力を育成する機会となります。すなわち、どの表現を使った説明がよりよい説明となるかを考えれば、表現のよさを知り、説明を評価・改善する機会となります。
協働する活動の重視
このときに注意したいことがあります。それは、友人と協働する機会を十分に活用することです。「学びに向かう力」は個人で学習に取り組む力と捉えられることが多いです。「学びに向かう力」の一部を評価する観点は「主体的に学習に取り組む態度」です。そして、「主体的に学習に取り組む態度」は粘り強い取り組みを行おうとする側面と、自らの学習を調整しようとする側面の両方から評価することが求められています。このため、子どもが自力解決で粘り強く取り組む姿や授業の見通しや振り返りの段階で自己調整する姿から評価することが想定されます。それらももちろん大切ですが、友人と協働する姿を評価することも大切ではないでしょうか。友人の考えを聞いて自分の考えや学び方を調整することもあるでしょうし、友人に理解してもらえるように粘り強く説明を改善することもあるはずです。そのような姿も「主体的に学習に取り組む態度」の表れでしょう。
先ほどのお得な印刷会社を説明する場面でも、子ども一人で表、式、グラフのどれを使うとよいかを考え、評価・改善を通してよりよい説明をつくり出すことは難しいでしょう。そのため、授業では自分の説明を友人の説明と比較する機会を設けることがあります。例えば、数値を求めやすいことから式を使って説明する子どもがいるでしょう。一方で、印刷枚数によってお得な会社が変わることを、グラフを使って視覚的に説明する子どももいるでしょう。または、わかりやすさを重視して、印刷枚数と料金の関係を表した表を使って説明する子どももいるでしょう。そのような子どもたちが交流すれば、一人で考えるときよりも、よりよい説明を考えることが容易になります。友人の考えを参考にして自分の説明を評価・改善できるからです。
このような活動は、数学のよさを実感する機会にもなります。数学のよさというとおおげさに聞こえますが、ここでは表、式、グラフのよさを実感することができます。自分で使ってみて、または友人の説明を聞いて、それらのよさを実感すれば、次の機会でそれらを活用しようとするでしょう。また、式を使ってすぐには数値が求められない問題に遭遇しても、式のよさを信じて粘り強く考えるようになる可能性もあります。そのような変容を期待できるのです。
「主体的に学習に取り組む態度」の評価では、そのようなよさを実感することによって、粘り強く評価・改善をするようになる変化や、数学を活用するようになる変化を、生徒の姿勢や取り組み方の変容からうまく捉えてもらいたいと思っています。
個人の活動と協働する活動を関連付ける
「主体的に学習に取り組む態度」のうち粘り強い取り組みを行おうとする側面については、何に対する粘り強い取り組みを評価するかに注意が必要です。この点については、知識及び技能を獲得したり、思考力、判断力、表現力等を身に付けたりすることに向けた粘り強い取り組みとされています。「関心・意欲・態度」が「数学への関心・意欲・態度」だったことと比べると、違いが明確で、学びに向かう際の粘り強い取り組みを評価することが必要だとわかります。授業で友人と協働して学ぶ場面が多い点からも、これまで以上に友人と協働する態度を育成、評価する必要が感じられます。
中学校1年生の空間図形の学習では、空間図形の表現を学習したあとで、立体の体積や表面積について学習します。この際、体積を求めるときには見取図を、表面積を求めるときには展開図を使うとわかりやすいことが多いです。そのため、はじめから表現を限定している授業を見かけることがあります。しかし、せっかく学習した表現方法(見取図、展開図、投影図)を活用する場面として立体の体積や表面積があるのですから、表現方法を選択したり洗練したりする活動も取り入れたいものです。例えば、立体の体積や表面積を求める問題では、必要な条件さえわかれば、見取図、展開図、投影図のどれを使っても求めたり説明したりできます。そのため、求め方を説明するためにどの表現を使えばよりよい説明になるかを考えてもらうのです。
その際、子どもに一人で考えさせるだけでなく、子どもたちどうしが自分の説明を伝え合って比較する機会を設けたいと考えます。見取図、展開図、投影図のどれを使うとよいかを友人と議論し、そのうえで自分の表現や説明を振り返って評価し、不十分な点を見つけて改善する機会とするのです。
このような活動を実現するためには、個人での活動と友人と協働する活動をいかに関連付けるかを考えておくことが大切です。
これは「主体的・対話的で深い学び」の視点からも大切なことです。主体的な学びを実現する条件には、授業の前半で子ども一人一人に見通しをもたせることと、授業の後半で自分の見通しを振り返らせることがあります。そして、対話的な学びを実現する条件には、事柄の本質をついた解決や説明はどれかを議論し、よりよい解決や説明を探すような話し合いを行うことがあります。実は、これらの条件は関連しています。例えば、授業の前半で子ども一人一人が見通しをもって解決に取り組んだとします。そうすれば、さまざまな見通し、解法が生み出されるため、話し合い活動ではどれがよりよいものかを話し合うことになります。そのような話し合い活動のあとで自らの見通しや解法を振り返れば、友人との比較から自分に足りない点が見えてきます。そうして自らの考えの不十分な点を評価できれば、次の授業に向けて思考や態度の改善にもつながります。そのような思考や態度の変容が起こることが、深い学びを実現するための条件となっています。関連しているのです。
先ほどの立体の体積や表面積を求める場面で、このことを考えてみましょう。授業の前半では、問題を解決するための見通しを立てます。その際、見取図を使うことで、模型が手元にあるときと同様の説明が可能と考える子どもがいるでしょう。一方で、表面積を求める場面で展開図を使えば、面積を求める図形がわかりやすくなると考える子どももいるでしょう。また、体積を求める場面で投影図を使えば、底面積と高さがわかりやすくなると考える子どももいるでしょう。子どもの解法や説明は多様となります。そして、解法や説明を伝え合う活動を通して、多様な解法や説明の存在を知れば、よりよいものを議論する対話的な学びを実現できます。そのうえで自分の見通しがよかったかどうかを振り返れば、次の授業ではこうしたいといった評価・改善につながります。
学びに向かう力を育成するためには、以上のように数学の特徴である表現の多様性をうまく活用し、友人との協働を通して、数学のよさを実感し、よりよいものを求める気持ちを強くする機会を継続的に設定していくことが大切となるのです。