中学校音楽:音楽科におけるキャリア教育の意義
東京音楽大学教授
〈教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.1 (中学校版) 2021年9月発行より〉
はじめに
私は現在、東京音楽大学で、音楽教師を目ざす学生に「音楽科教育法(教科教育法)」を中心に教鞭をとっていますが、60歳で定年退職するまでは東京都の公立中学校で音楽の教師をしていました。私の教師として、また、自身の音楽経験の視点から「音楽科におけるキャリア教育の意義」について考えてみたいと思います。
教え子との再会
年に数回、各地区の音楽研究会から研修の講師依頼があります。内容はさまざまですが、最近は新学習指導要領や新しい評価についての内容が多いです。ただ正直にいいますと、研修内容は難しくなりがちで、受講する先生方の目がキラキラと輝くとは言い難いのですが、6月のある地区での研修には特別な想いがありました。かつて担任した生徒が2年前に音楽科に新規採用され、数年ぶりの再会が果たせたからです。教師として、教え子が同じ道に進み、先輩後輩の立場で再会するということはこの上ない喜びです。更に4年前になりますが、初めて勤めた中学校の吹奏楽部の部員......もう40代半ばになりますが、彼から「当時の仲間たちで吹奏楽団をつくって活動しているので見に来てくれませんか?」といわれ、練習を見学しました。アドバイスを頼まれて「バンドの音が良いとか、皆さんのテクニックが上手いとか下手ではなく、"生涯音楽を楽しむ"という姿勢に大変感動しました」と話しました。生涯にわたり音楽を愛好する心情をもち続けていることに深く感動したのです。
自らの進路と音楽
私自身、ジャズベースを50年近く弾いています。では、どのようなきっかけで音楽の道に進んだのかということをお話しします。
私の両親は音楽が好きで、母はいつも台所で料理を作りながら歌を歌っていました。父は、SPレコードをたくさん持っていて私もよく聴いていました。そんな私が音楽の道に進むことになったきっかけは、中学1年の2月に実施された「歌の実技試験」で、先生から「和田君は学年で1番歌が上手い!」と褒められたことです。その1ケ月後に先生が顧問をされていた吹奏楽部でトロンボーンを始めました。その時「僕も音楽の先生になって吹奏楽の指導をしたいな」と思いました。進路について真剣に考えたのはこれが最初です。やがて音楽大学に進学。「音楽の先生になりたい」という気持ちは薄れていましたが、卒業後、小学生にリコーダーの初期指導を行う仕事を通じて"教師になりたい"という気持ちが再燃。猛勉強を経て2度目の採用試験で合格し教師となりました。人生のそれぞれの場面で「音楽との出会い」があって今の私があると思います。
ビッグ・バンドで演奏する筆者
音楽科教育とキャリア教育
キャリア教育というと、「中学校を卒業したらどうする」「10年後の自分を想像してみよう」「将来の希望を実現するために今必要なことは何か考えてみよう」等々、どちらかというと進路指導寄りの活動が行われているのではないでしょうか。もちろん「職場体験」を通して「キャリア教育」の充実を行っているケースも多くあります。「仕事の大変さが分かった」「お父さんやお母さんに感謝したい」という感想をもつ生徒が多くいます。これはよいことですが、キャリア教育は「社会生活の中で、みんなと協働しながらも自分らしく、しかも幸せに生きていく」という、もっと広い意義や目的があると思います。そのためには「生きる力」の一つである「豊かな人間性」の育成が必要不可欠です。
このことを音楽科教育とキャリア教育の関わりの視点で考えてみるとどうでしょうか。音楽科教育の目的は、音楽家や音楽の教育者を育成することではありません。では、音楽科教育においてキャリア教育はどうあるべきでしょうか。音楽の教科の目標に視点を当てます。音楽科教育は学習指導要領 第1の目標(3)に示されている内容"豊かな情操の育成"が常に活動の中心になくてはなりません。また、各学年の目標の(3)に示されている「(前略)音楽によって生活を明るく豊かなものにしていく態度を養う。」という態度の育成は「音楽科教育」における「キャリア教育」の実践につながるというとても大切な内容です。
生活を明るく豊かにするとは
音楽を通して「生活を明るく豊かにする」と学年の目標に示されています。これは一体どういうことでしょうか。中学校の旧学習指導要領(平成20年3月改訂)解説「音楽編」から「音楽を生活の中に取り入れ、明るく豊かな生活を送ることを目指す態度のことである。」と示されています。確かに「家の中に常に音楽が流れている」「いつも誰かが歌っている」「ファミリーコンサートを開く」などは素敵なことですが、ここでいう「豊か」とは「一人一人の心が豊かである」「人間性が豊かである。」ということを示しています。
豊かな心・豊かな人間性の育成
豊かな心・豊かな人間性を育成する教育活動には「道徳教育」が大きく関わります。そして音楽科も確実に必要な教育活動です。音や音楽と出会い「美しい」「きれい」「感動した」「鳥肌が立った」と感じる豊かな「感性」、小アンサンブルやグループ活動での協働的な音楽活動で養われる「他者を思いやる心や優しい気持ち」などの育成は、目標(3)で示されている「豊かな情操」の育成につながります。この豊かな情操、すなわち「心が豊かである」ことによって「社会生活を続けていく中で自分らしく生きて幸せな人生をおくる」ことが可能になるのではないでしょうか。
では、実際の音楽の授業において「豊かな心」の育成はどのように行ったらいいのか考えてみたいと思います。
幅広い音楽と関わらせる
私が中学生の頃、学校の音楽室以外では、自分ではテレビかラジオでしか音楽を聴くことができず、小遣いをためて買ったLPレコードなどは音楽室のステレオを借りて聴いていました。カラオケも普及してなく、大きな声で歌う場所も音楽室でした。しかもギターやドラムセットは不良の楽器といわれ嫌われていました。今の中学生はどうでしょうか? ICT機器のめざましい発展やカラオケボックスの普及、廉価でラインアップされた楽器等々、いつでもどこでも自分の好きな音楽を聴いたり、歌ったり、楽器を購入したりして音楽を楽しめます。全くうらやましい時代です。反面、音楽の嗜好性は多様化し、音楽室で歌ったり聴いたりする音楽に価値を感じない生徒がいるのも否めません。時代の流れから仕方のないことかもしれませんが、「音楽は好きだけど学校の音楽は嫌い」というのは音楽教師として寂しいかぎりです。
生徒の好きな音楽は生徒個人が自宅や部活などで楽しめばよく、授業では「生徒が興味を示さない音楽」こそ、先生の指導の工夫で興味関心をもたせなくてはならないと思います。
先生が生徒の前で目をキラキラ輝かせて授業を行えば、生徒は自然と引き込まれます。そして、生徒自身がこの楽曲や活動に価値を見いだすはずです。ただ、活動に参加した生徒全員が価値を見いだす必要はないと思います。ある生徒は価値を見いだしたけど、ある生徒は価値を感じない......これでよいのです。ここで重要なことは"幅広い活動を行う"ということです。生徒は幅広い活動の中で、価値を見つけられることでしょう。
かなり前のことですが、こんなことがありました。2年生の「小フーガ ト短調」の鑑賞の授業で、その時の私の授業展開がよくなく、多くの生徒が「この曲は難しくてわからない」「暗いから嫌い」と言いました。ところが、野球が大好きだったI君だけは「ものすごく気に入りました。CDを貸してください!」と言い、ちょうど全クラスでこの題材が終わっていたこともあって貸したところ、更に興味を持ち「平均律クラヴィーア曲集(Das Wohltemperierte Klavier)」を毎日家で聴いていたそうです。多声音楽の響きが彼の琴線に触れたのでしょう。あの授業を受けていなかったら一生バッハと出会わなかったかもしれません。本当に何がきっかけになるかわかりません。音楽にあまり興味関心をもたない生徒にこそ、先生は分野の偏りをなくして、幅広い活動を通して、多くの音楽と触れさせる必要があると思います。
おわりに
現在の私の立場では直接、児童・生徒へ音楽を愛好する心情の育成を実施することはありません。教員を目ざす学生たちに「音楽科は心の教育を担っているとても重要な科目である」ということを伝えていくことが、私の使命であると感じています。