中学校音楽:子どもが前のめりになって参加する「音楽鑑賞」の授業デザイン
筑波大学附属小学校教諭
〈教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.3 2022年9月号より〉
「音楽鑑賞」と「音楽鑑賞学習」との違い
「音楽鑑賞」と「音楽鑑賞学習」との違いはどこにあるのでしょうか。言葉は似ていますが、意味は違いますね。「音楽鑑賞」は、音楽を自由に鑑賞することです。何かをしながらBGMとして音楽を鑑賞する場合もあるでしょうし、この曲が好きだからと何度も何度も聴き入る鑑賞もあるでしょう。しかし、「音楽鑑賞学習」となると話は変わります。学習ですから、クラス全員が<授業のねらい>を達成しなければならないことになります。つまり授業の<目的>が必要なのです。しかも、子どもがその音楽を聴いて、驚きや感動を抱くことができるような、あるいは子どもが能動的にその音楽に関わっていくことができるような授業を指向するのが望ましいと、私は思っています。
「春の海」(宮城道雄 作曲)の鑑賞授業
では、どのような授業をするとよいのでしょうか。事例をご紹介したいと思います。まず、どの曲を聴かせるときにも必要なことがあります。
十分な「教材研究」です。
これは小学校、中学校、高校など校種を問わずすべての鑑賞授業についていえることです。その曲を鑑賞して、音楽の何を学ばせるのか、学習内容を明らかにしなければなりません。子どもに鑑賞させて「感想を書きましょう」だけでは、子どもの主観を求めるだけで、何を書いてもいいことになってしまいます。これでは、学校で授業をする意味がなくなってしまいます。
「春の海」で、子どもに何を学ばせるか。私は次のように考えています。
上のねらいには、あえて「気づく」という文末で統一しました。これは、学習者である子どもが、自ら「気づいて」いけるような授業展開を考えたいと思ってのことです。
授業の流れ
1 箏と尺八で演奏されていることに気づく。
「今から聴く音楽は、どこの国の音楽だと思いますか?」このように発問してから、中間部のはじめ30秒ほどを聴かせます。
子どもたちからは「日本!」「中国!」「韓国!」......などとアジアの国々の名前が続々と出てきます。すぐに、こう切り返します。「どうしてそのような国の名前が思い浮かんだのかな?」と。すると、「楽器の音が和風というか、アジア風だったので」とか「あの楽器って、三味線? それともお箏かな?」という発言が飛び出します。つまり、「どこの国の音楽か」を問うことで、子どもたちは楽器の音色などを頼りにして鑑賞することになるのです。「何の楽器で演奏されていますか?」と問う方法もありますが、これではあまりにも直接的であまりワクワクしないのではないでしょうか。ここで、「日本」の音楽であること、「箏と尺八」で演奏されていることを押さえます。
2 中間部では、箏と尺八が掛け合って演奏されている部分があることに気づく。
次に、それぞれの楽器が「呼びかけとこたえ」のように、掛け合って演奏されている部分があることに気づかせたいと思います。しかも、そのことをおもしろいと、子どもたちに感じてもらいたいです。
私は、次のように指示します。
「もう一度聴きます。今度はもっと長く聴きます。クラスを半分に分け、一つのグループを『箏グループ』、もう一つを『尺八グループ』とします。
『箏グループ』の人は箏だけが鳴っている時だけ、その場に起立します。
『尺八グループ』の人は、尺八だけが鳴っている時だけその場に起立します。
さぁ、聴いてみましょう!」
「春の海」は、中間部だけでも3分ほどあります。かなり長いといえます。中間部の冒頭は、掛け合いから始まります。しかし、すぐに箏と尺八が一緒に重なり合って演奏される部分に移ります。ところが、今度はまた掛け合いが始まり、少しすると重なり合う。このことを何度も繰り返すのが、中間部の特徴です。
子どもたちは、否が応でも音楽によくよく耳を澄まさなくてはならなくなります。そして自分の担当の楽器だけが鳴っているところで起立しなければならないのです。スリル満点! からだ全体を使って、「春の海」を体験するのですから印象にも残りやすく、掛け合いと重なり合い、しかも掛け合う順序の違いまで、しっかりと聴き取ることができます。また同時に、掛け合うこと、重なり合うことのよさやおもしろさに感じ入ることができるのです。これは楽しい! ぜひお試しください。
3 曲の冒頭や再現部の冒頭は、拍が一定でなく揺れが生じていることに気づく。
中間部から聴いたので、正月に聴くあの有名な旋律(曲の冒頭)はまだ鑑賞していません。冒頭部の面白さは何と言っても、速度、拍が揺れることです。楽譜は4分の4拍子で書かれていますが、実は音楽に合わせて指揮をしようと思っても合わせるのが難しいほど速度が変わりゆくのです。
私はこの場面で、初めて教科書の紙面を子どもたちに見せます。冒頭部の楽譜を見て、4分の4拍子であることを確認します。そして4拍子の指揮の仕方をおさらいします。「この曲のはじめは4拍子ですね。これから音楽をかけますから、4拍子の指揮をしながら聴きましょう」ともちかけます。
さぁ、どうでしょう。一定の速度の4拍子と思っていた子どもたちは、あまりにも揺れる速度に戸惑いを隠せません。「おっと...!?」
こうして、日本の音楽は拍や速度が一定ではないことも多いという特徴を押さえることができます。
ここまで冒頭と中間部を聴きました。残るは再現部、おしまいの部分です。子どもたちには、冒頭から中間部を通して聴かせ、「まだ続きがあるんだけど、どんな音楽が来ると思いますか?」と問います。次を予想させるわけです。クイズのように楽しむことができます。クイズの答え合わせのために、もう一度最初から聴くことも必然となります。
こうして、体を動かしたり、予想を立てたりしながら、何度も「春の海」を味わいながら鑑賞することができます。その中で、この音楽の背景にある文化や歴史との関わり、諸外国の音楽との共通点や相違点についても学んでいくことが有効だと思っています。楽しい鑑賞学習、お試しください。