中学校理科:身近な「?」を「!」に変える
芝浦工業大学附属中学高等学校教諭
〈教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.2 (中学校版) 2022年4月発行より〉
はじめに
授業で必要な三つの要素は、生徒、教師、そして教材です。生徒は時代とともに変化しているといわれますが、学んだり探究したりするチカラはどの時代でも備わっており普遍的なものです。そのチカラをどのように引き出していくかが教師の役割です。
教師は教える立場から、ともに学ぶ立場へ変わりつつあります。そのため、教材も知識偏重型から探究型へシフトしつつあります。何を学ぶかよりもどう学ぶかが大切になってきます。特に理科においては、身近な「?」を「!」に変える素材こそが、生きた教材といえます。教師がどのように「?」に気づかせるかがカギになってきます。
授業設計から
ここでは、本校の中学3年で実施しているサイエンス・テクノロジーアワーの一部を紹介します。サイエンス・テクノロジーアワーの授業設計は、学校設定科目という位置づけで週一コマを捻出して、理科の授業とは別に、座学だけにしないこと、実験や観察を中心とした興味関心を引き出すことを前提として設定しました。また、実験を行うにあたって、1回で完結させるために二コマ連続で設定しました。そのため、美術や書写などの一コマの授業と隔週にして実施しました。
内容としては、物理分野では分光器の作成、化学分野ではガラス細工、生物分野ではDNAの抽出、地学分野では天体望遠鏡の製作など、実際に体験できるものを数多く用意しています。本稿では化学分野について紹介します。
きっかけづくりは身近でわかりやすく
実験で起こる現象を観察し、原理を追究して考察していくことが探究への道となります。探究のスタートは、このきっかけづくりといえるのです。
中学3年理科の難関分野といえば、目に見えないイオンの成り立ちです。また、イオンに追随して電池や電気分解と続き、抽象的で記号もたくさん出てくるので、苦手意識をもちやすい分野です。そこで、テーマとしては燃料電池を取り上げるのですが、興味づけとして触覚、視覚、聴覚に訴えるものを考案しました。それが、色の変わるスライム燃料電池です。
小学校でやったことがあるであろうスライムづくりを導入に用います。燃料電池の原理は、水の電気分解の逆反応を利用したものです。本実験では、一つの仮説として、水ではなく粘性のある電解液であれば気体を閉じ込めておくことができるので、長もちさせられるのではないかと設定しておきます。
まず、準備として図1のように今回用いる指示薬の色の変化を確認しておきます。スライムづくりでは、うすめた洗濯のり(PVA)とほう砂の飽和水溶液を使用しますが、BTB液をそれぞれ加えて水溶液の液性を確認しておきます。さらに、洗濯のりにはフェノールフタレイン液を数滴加えておき(この状態ではBTBの黄色だけ発色)、ほう砂水溶液を加えていくと粘性をもち始め、図2のように黄色から緑へ変化していくことで粘性が大きくなっていくことがスライムをつくりながら確認できます。この段階で生徒は、スライムづくりに夢中になって、スライムにかわいい名前をつけるものまでいました。
図1 レポートの一例
図2 色の変わるスライム燃料電池作成
コップを倒してもこぼれないほどの粘性になったら、図2のように電源装置に電極をつなげて、電気分解を行い、電極付近の様子を観察します。
水の電気分解の復習とともに、電極付近で起こる変化を記録していきます。気体の発生だけでなく、電極付近のスライムの色や粘度の変化について、気づいたことを図1のように各実験のレポートにまとめていきます。
次に、燃料電池としての性能を調べる実験では、スライムに電源装置のかわりに電子オルゴールをつないで、音楽の演奏時間を測定します。電池としての性能を聴覚で示すことができます。放電の終わりかけに細々と流れるメロディーには愛嬌があります。生徒によってあらかじめ電気分解の時間を設定し、燃料電池の性能を評価します。図3は、1分ほど電気分解した様子です。洗濯のりにあらかじめ入れておいたフェノールフタレイン液によって、陰極付近が強いアルカリ性に変わっていることが視覚的によくわかります。また、陽極付近ではスライムがとけています。
図3 電気分解後のスライム燃料電池
最後は片づけとなりますが、実験後のスライムをそのまま流してしまうと流しを詰まらせてしまいます。どのように処理したらよいか生徒に尋ねると、実験をよく観察していた生徒は、酸性にするととけることが分かっており、「酸を加える」と答えることができます。実際に、スライムの入ったカップごと水槽に入れて、ポット洗いに使うクエン酸をかけるとみるみるとけていきます。その処理の様子も入念に観察する生徒が少なからずおり、スライムの墓場とよばれています。スライムにつけた名前を連呼する生徒もいるほどです。
実験の考察こそが探究への道
本実験で気をつけなければいけないことは、スライムに充電ができるとミスリードしないことです。あくまでも電気分解後の現象であり、約200年前に燃料電池の仕組みが発見されたときの再現であることを伝えておく必要があります。
本実験での工夫は、電極付近の変化を指示薬でわかりやすくしたことと、内部の変化もわかるように紙ではなく透明なプラスチックカップを使って、気泡の発生も観察できるようにしたことですが、対象が高校生であれば、電気分解を10Vで行っても20Vで行っても放電時は1V程度で変わらないなど、電圧計を用いて、定量的な要素を取り入れてもよいでしょう。また、電源装置でなく手回し発電機を用いて電気分解をさせても面白いでしょう。回すのを止めて手を離してもしばらくの間放電するので、ハンドルがまわり続けることも新たな発見になるでしょう。このようにさまざまな仕掛けを用意して、なぜそのようになるか考えるきっかけを与え、またその後のフィードバックを共有していくことが大事になります。
図4は、本実験の設問・感想の一部を示したものです。燃料電池の性能を上げるための工夫を考えることができています。
図4 設問・感想の例
実験準備のために理振法の補助金申請を
さまざまな実験を行うためには、設備や備品が必要になることが往々にしてあります。単価が中学では2万円以上、高校では4万円以上のものは、理科教育振興法(理振法)を利用した補助金申請を利用しない手はありません。理振台帳を整備し、同法で定められた重点設備項目を中心に申請すれば、東京都の場合は、国から1/2、都から1/4の補助が出ますので定価の1/4で購入することができるようになります。本校では移転時にドラフトチャンバー、定期的には顕微鏡の買い替えなどに利用しています。
おわりに
昨今、オンライン授業のためのコンテンツが充実してきて、自宅でも実験動画で学習ができるようになりましたが、やはり現実で行う実験や観察こそが、実体験となり、学びのチカラが身につくきっかけになります。考えるチカラを伸ばすためにも、ぜひ、そのための準備にも力を注いでみてはいかがでしょうか。