中学校理科:実験・観察をより主体的に取り組ませる工夫
市川学園市川中学校・高等学校教諭
〈教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.5 2023年10月号より〉
はじめに
理科の特色の一つは実験・観察を授業に取り入れられることでしょう。実験・観察では、生徒は「主体的」に手を動かし、班員と「対話」しながら作業を進めていきます。自然現象を実際に目にすることは学習への動機づけにもなり、また、予想外の結果が得られれば、その結果を考察することで発展的な学習へつなげることもできます。授業のスタイルとしては理想的な形であると考え、私も積極的に実験・観察の授業を取り入れてきました。しかし、実験・観察を多く取り入れるほど、当初の目的を達成できていないのではないかと感じることも増えてきました。例えば、作業自体は主体的に行っていても、実験・観察に向かう姿勢は必ずしも主体的ではないことや、班で行う実験・観察で特定の生徒が主要な作業を行ってしまうことなどです。どのようにすれば生徒一人一人が、実験・観察を通してより「深い学び」を得られるのか、以下のような点に注意しながら実験・観察を組み直しています。
①一人で取り組める環境を整える
これまでは4人で一つの班をつくり、班に一つの実験・観察セットを渡していました。しかしそれでは、すべての生徒が同じ作業を行うことはできません。自然と作業を進める生徒とそれを見ている生徒に分かれてしまいます。作業を分担して行うよう指示したこともありましたが、そうすると生徒は自分の分担に意識が向いてしまい、全体の流れをつかめないように感じました。生徒が自分で納得しながら作業を進めるためには、一人に一つのセットを用意することが理想ではないかと考えています。
②適切な難易度設定
易しすぎず、難しすぎず、適度な難易度を設定するのはどんな授業でも同じだと思います。とりわけ、実験・観察の場合には特に気をつかいます。実験・観察はそのまま理科への興味・関心につながるものなので、できるだけその効果を高めたいと思うからです。ですが、これはやってみないとわからない部分があります。授業を繰り返し行いながら、改善を繰り返しています。
③結果を共有する
作業は一人でも、得られた結果を共有することで対話が生まれます。それも、単に同じ作業を行ってデータを積み重ねるより、それぞれが少し異なるテーマで取り組んだ結果を持ち寄って、そこから新たな事実が明らかになるようなものが望ましいと考えています。また、一つの実験・観察を班員と作り上げていくという感覚は、実験・観察に向かうモチベーションにもなるのではないかと考えました。
樹木の観察
1年生の「身の回りの生物の観察」では、花や昆虫の観察が多いと思いますが、本校ではそれに加えて樹木の観察を行います。理由の一つとして、夏に行われる富士山での夏期学校があります。富士山では標高によって植生が変わるため、垂直分布を見るにはよいフィールドです。そこで、夏期学校までに樹木の見方をマスターさせ、標高による植生の違いや学校周辺の植生との比較をさせたいと考えました。
もう一つの理由としては、初心者にも使いやすい図鑑の登場があります。従来の植物図鑑は、科ごとにまとめられているものが多く、葉・茎(幹)・花などを総合的に見ながら種を同定していくため、初心者には取り組みにくいものでした。しかし最近、葉の形や枝への付き方で検索できる樹木図鑑がみられるようになりました。検索の観点が明確に示されているため、生物観察の導入に適していると考え、使うようになりました。本校では「葉っぱで見わけ五感で楽しむ 樹木図鑑」(監修:林将之、ナツメ社)を使っています。
①一人で取り組める環境:図鑑は一人一冊
図鑑は一人一冊用意しています。以前は4人の班に一冊でしたが、それでは一人が使っている間、ほかの班員は見ているしかありません。観察できる種をプリントにまとめて全員に配布したこともありますが、それも十分ではありませんでした。図鑑に載っている膨大な種類の中から自分で一つに絞り込んでいく過程が興味を引き立て、観察力を養うと考え、全員が使えるだけの図鑑を用意しました。
②適切な難易度設定:最初は全員で調べる
生徒は、図鑑を渡しただけですぐに使えるようになるわけではありません。検索できたとしても、その方法は合っているのか、検索した候補の中から正しい種へたどり着けたのかなど、自信がもてない状態では観察を続けられません。そこで、次の三つのステップで図鑑を使えるようにしています。
<ステップ1:一つの樹木を全員で調べる>
実物を目にしながら図鑑を使って一つの樹木について全員で調べます。ここで検索の観点を確認し、自分で正解にたどり着くことで、図鑑への信頼度を高めます。
<ステップ2:特定の樹木を調べる>
樹木に番号を付け、生徒には番号が付いた樹木について調べさせます。こちらで樹木(番号)を指定し、最後に答え合わせをすることで、生徒は自分の観察の正しさを確認することができます。調べる樹種は1時間の授業内では3~4種が限度ですが、番号札は10枚用意し、同じ樹種が複数含まれるようにしています(図1)。生徒を分散させる目的もありますが、先に見た樹木と同じ種類であるということがわかることも必要です。1時間の授業でできるのはここまでです。
図1 樹木の観察で使用したプリント
<ステップ3:自分で選んだ樹木を調べる>
ステップ2までで、生徒は図鑑の使い方の基礎をマスターしたので、次は、生徒が樹木を選んで調べます。難易度は一気に上がりますが、いろいろな情報を比較しながら推測し、答えにたどり着いたときには大きな達成感を得ることができます。
③結果を共有する:校内植生図の作成
前述したステップ3では、校内植生図の作成に取り組ませます。これは、学年全員で分担して校内の樹木すべてを調べ、図にまとめようというものです。クラスごとに調べる範囲を決め、さらにそれを細分化して班ごとに分担します。授業の時間を使ってその範囲に生えている樹木をすべて記録します。最後にすべての樹木を地図に書き込み、学年の掲示板に貼りだします(図2)。自分が調べた結果が全体に反映されるため、調べる生徒にも張り合いが出ます。指導する側の注意点は、検索の観点を間違えていないか、授業中に回ってチェックしていくことです。常緑樹か落葉樹か、対生か互生かなど、検索の観点を間違えていなければ良しとし、種の判定まではチェックしません。生徒が自分の力で観察し、結論を出すことが重要だと考えているためです。
図2 生徒が作成した校内植生図
生徒の反応
生徒にとっては、同じように見える樹木を区別できるということが信じられないようで、説明をしてもあまり反応がありません。しかし、実際に図鑑を使って正解にたどり着けることがわかると、一気に興味が高まり、あとは特に指示を出さなくても次々番号を回って調べ始めます。図鑑と実物を見比べながらゆっくり観察する生徒、他の生徒と調べた樹種について議論している生徒など、生徒それぞれのやり方で自分の認識を深めているようすを見ることができました。また、全員で作成した校内植生図を掲示すると、自分の調べた場所やよく通る場所の樹木を確認している生徒の姿を見ることができました。
おわりに
今回は樹木の観察での事例を紹介しましたが、実験においても①~③と同じような点に注意しながら方法を改善しています。生徒の反応もよく、以前よりも多くの生徒が実験・観察に集中するようになりました。すべての実験・観察で同じような取り組みができるわけではありませんし、準備は大変ですが、引き続き、生徒一人一人に合った実験・観察のスタイルを追求していきたいと思います。