中学校社会:教師に求められる「ファシリ力 」を上げる
豊島岡女子学園教諭
〈教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.2 (中学校版) 2022年4月発行より〉
はじめに
教員は、授業で勝負できることが何より大切だといわれます。この授業で勝負する力、すなわち「授業力」とは、そもそも何を指しているのでしょうか。社会情勢が目まぐるしく変化する昨今、教員にはどのような力が求められ、それをどのように向上させていけばよいのでしょうか。
「授業力」とは何か
「授業力」のとらえ方は、各自治体や専門家などによってまちまちです。例えば、「生徒理解力」「統率力」「授業展開力」「指導技術」「教材解釈・開発力」「評価力」などがそれに含まれ、地域・学校の実態に応じてどう定義するかや、それらの要素の中で何を重視するかは異なります。
「授業力」にはさまざまな側面がありますが、その核となっているのは、「生徒とのコミュニケーション能力」と「教育全般や担当教科の知識・技能」であると考えられます。「授業力」を上げることは、もちろん一朝一夕にはできません。一般的に、「授業力」を上げるためには、他の先生方の授業を見る、自身の授業を他者に見てもらう、自身の授業を動画に撮って分析するなどの方法や、本や論文で専門知識や潮流を身につけるなど、さまざまなアプローチがあります。気軽にできるものとしては、新聞や雑誌を読んだり、生徒を惹きつける話術を身につけるため落語や漫才を参考にしたりするという方法もあります。しかし、多忙な日々の中でこれらすべてに多くの時間を割くことはできません。
近年、教師の役割はteachからfacilitateに移ってきているといわれています。facilitation(ファシリテーション)とは、参加者どうしの意見交換を円滑にすること、活動を支援すること、議論や発想の創出を促すことを指します。これは議論や思考をする場を創り、その場を支え、参加者にさまざまな疑問や意見を投げかけて議論や思考を促進する手法です。ファシリテートする力(「ファシリ
授業で使えるファシリテーション技術
授業に直接使える簡単なファシリテーション技術の一つに、「リフレーミング」があります。議論の中心になっている話題について、立場やスケールの大きさ、時間軸などを変えた問いかけを行うもので、議論が停滞したときや新たな展開に転換していきたいときに、これまでの流れとは違う枠組みからの議論を促す方法です。傍から見ると教員と生徒とのよくあるやりとりにすぎないと感じられるかもしれませんが、この「リフレーミング」を意識することによって、それまでと違った気づきが生徒たちの中から生まれ、議論の幅を広げながら授業を展開させることができます。
授業の具体的な内容と展開を示しながら、「リフレーミング」を考えてみます。ここでは教育出版「中学社会 地理」教科書p.86~87の「アフリカの農業からみえる課題」の内容を踏まえて、章のまとめの問い「アフリカに対して、どのような支援が求められているのだろうか。貿易や技術の面から『持続可能な発展』をテーマに話し合ってみよう」( p.91下部)から議論を始めます。教員の発問に対して生徒から意見が自然に出てくることが理想ですが、ここでは意見が自然に出てこなかった状態を想定していきます。
ここまでは単調な一問一答です。そこで、リフレーミングを意識して、子どもたちから挙がったフェアトレード・募金・食料援助などについて、行う主体やスケール、時間軸を変えた発問を授業者が投げかけて展開させてみます。授業者は教室全体を俯瞰して、議論の流れや生徒の様子を把握し、議論の最低限のつなぎ・補足・促進・軌道修正をする程度の介入に留めます(生徒が発した意見などを黒板に整理するとよりよいでしょう)。できるだけ生徒どうしで意見や疑問、解答を出し合える状況をつくることが重要です。上述の議論の続きから考えます。
下線部❶は段階を踏んで立場を変えた発問です。下線部❷は立場の他にスケールを、❸は時間軸を変えた発問です。紙幅の都合で論理が飛躍した議論の提示になっていますが、生徒が安心して発言できる場をつくることに気を配り、上手に「ファシる」ことができれば、授業者が発問をこまめに出さなくとも、生徒からさまざまな意見が出ます。上述の議論の中で授業者が提示したい他の発問としては、「援助を行うための資金の出どころはどこか」「それぞれの取り組みでこれまでどれくらいの効果があったのか」といったものがあります。それらをICT端末などで生徒に調べさせたり、授業者が資料を提示したりといった展開も考えられます。意外性のある情報を与えて生徒の価値観を揺さぶり、疑問や質問を引き出すことも、議論を深めるために有効です。
「ファシリ力」を高めるために
本稿で提示したことは、ファシリテーションの初歩的内容です。ここで確認したいのは、授業者があらかじめ多面的・多角的な発問パターンをもっていることで、授業内での議論がさらに深まるということです。そのことを授業者が知っているだけでも、授業の質は変わります。
「ファシリ力」の向上には何より場数が必要ですので、たくさんトライすることが鍵になります。多数の出演者のいるトークショーでの司会者の振る舞いを、観察してみるのも役立つでしょう。スポーツ観戦をする際には、試合会場全体を俯瞰しながらプレイの細部を見て、状況把握することを意識するのもよい方法です。もちろん新聞、テレビなどでの知識や最新の情報の蓄積も大切です。普段の小さな積み重ねで「ファシリ力」、「授業力」を高めていくことができたらと考えています。