中学校道徳:道徳科授業におけるICTの効果的な活用
~各段階において有効なツールと実践~
新宿区立西早稲田中学校副校長
〈中学教科通信 2021年5月号 ウェブ版より〉
はじめに
2019年12月に文部科学省から「GIGAスクール構想の実現パッケージ」および「教育の情報化に関する手引」が示されました。「教育の情報化に関する手引」では、ICTを効果的に活用するための主な学習場面として10の分類が明示され、道徳科の授業においても、導入、展開、終末といった各段階におけるICTの活用について、概要が述べられています。
ここでは、各段階においてどのような活用方法が考えられるか、実践例をとおして具体的にお示ししていきます。(実践例の教材はいずれも教育出版『中学道徳 とびだそう未来へ』による。)
三つの段階における効果的な活用と実践例
導入
導入では主に、主題に対しての興味・関心を高めつつ、より主体的に学ぶことができる雰囲気をつくりだし、学習内容の理解や自己を見つめる動機付けを図る準備を行うことが求められます。
教材「ルールとマナー」(C 遵法精神、公徳心)はそれらがなぜ私たちの生活に必要なのかを考えさせる内容ですが、ルールとマナーについて考える準備として、この二つの違いを多くの生徒がどのように考えているのかを共有する必要があります。
展開に多くの時間を費やせるようにするため、導入ではできるだけ短時間で多くの情報を共有する必要がありますが、ここで活用できるのがMicrosoft Teamsなどのミーティングアプリです。「ルールとマナーの違いは何か」という問いに対し、生徒が各自で考えを投稿することで、生徒を指名して発言させることなく、瞬時にしてクラス全員の意見を共有することができます。さらに、生徒全員の回答が画面上に残るため、特定の意見に焦点を当てて、「これについて少し考えてみよう」など掘り下げていくことも容易になります。
Microsoft Teamsでは事前にチームとしてクラスの登録を行い、そこにチャネル設定をすることで、授業ごとの投稿、ファイルの共有などができます。意見共有がスムーズに行えるため、他者の意見の把握や主体的に考える雰囲気づくりにとても役立ちます。また、これまでのようにプリントなどで事前アンケート調査を行い、集約していた作業を考えると、時間的な費用対効果という意味でもかなりの効果が期待できます。これまでと同様にアンケート調査をするのであれば、Microsoft Formsなどを利用し、自動的にデジタルデータとして集約を行うことも可能です。
Microsoft Teamsを活用して考えを共有する
(マイクロソフトの許諾を得て使用しています)
展開
展開は、主に登場人物の言動などからねらいとする道徳的価値へと迫り焦点化を行うなど、多面的・多角的に考え、自らの言動や考えと関連付けながら道徳的価値を一般化し自己を見つめる段階です。
ここで重要になるのが、「どのようにして生徒がその考えにたどり着いたか」という生徒の「思考経路」です。思考経路を捉えるには、XMindなどの「思考補助ツール」が有効で、これはマインドマップとブレインストーミングを同時に行うことができます。
教材「私に宇宙のプレゼント」(D よりよく生きる喜び)を例にします。生まれつき腎臓の病気を抱え、葛藤を繰り返しながらも強く生きようとする少女のすがたから、「人間として強く生きていくために必要なことはどのようなことか」を考える内容です。より自分に引きつけて考えさせるために、この発問に向かう前に「あなたが生きるうえでの喜びとは何か」と問いかけておきます。
XMindでは、思いつくままに入力した内容を、全体を見ながら付箋のように自由に配置し、自分自身の思考を整理することができます。また、「"人との関わり"に関係する喜び」のように付箋をグルーピングして可視化することで、新たに自分自身が大切にしたい価値に気づくことができます。
さらに、マップ画面の共有を行うことで、生徒は同じ問いでも人によって思考の流れが異なっていることに気づいたり、新たな考えを発見したりします。それにより多面的・多角的な捉えが可能となり、さらに深い思考を促すことができます。
XMindを活用して思考経路を捉える
終末
授業をとおして起こった心情の変化を確かめたり、日常生活と関連付けて道徳的価値を実現することのよさや難しさを確認したりして、今後自分自身がどのように行動すればよいのかといった思いや態度を生徒にもたせることが求められる段階です。
「違反摘発」(C 遵法精神、公徳心)は、新聞への二つの投書記事をもとに「法やきまりはなんのためにあるのか」を考える教材です。危篤の親のもとへ車を走らせる途中、スピード違反を摘発されて死に目に会えなかった会社員(夫婦)による、「法とはいったい、誰のためにあるのか」という投書。それに対する、病院に行くために急いでいた車にはねられて叔母を亡くしたかたからの、「気持ちはわかるが、事故を起こしたら理由は関係ない」という投書。
展開で生徒たちは夫婦の想いに共感しつつも、警察官がなぜ「ルールはルール」としたのかを考え、きまりを守ることの意義や大切さを理解していきます。
終末においてこの心情の変化を捉える際に効果的なのが、ロイロノート・スクールのシンキングツールです。縦軸に「ルールは必ず守るべき」「状況によってはしかたがない」、横軸に「警察官に共感する」「夫婦に共感する」を設定し、生徒の想いや考えを入力したカードを貼っていきます。
展開前段で「ルールは守らなくてはいけないのはわかるけど、大切な人のためなら守らなくてもしかたがないと思う」というカードが貼られ、展開後段では、「夫婦の気持ちもわかるけど、やはりルールは守らなければいけない。でも自分がもし同じ状況におかれたらと思うと、自信がない。」というカードが貼られたりします。それらを座標軸上に示すことで、文章では表せない心情の変化を可視化することができます。さらに、ネットワーク上で提出させた全員の座標軸を、各自がタブレットに表示し、全体で共有することも可能です。
ロイロノート・スクールを活用して心情の変化を可視化する
おわりに
ICTの活用は、これまでの道徳教育の手段や様式を否定するものではありません。デジタル的ツールとアナログ的ツールそれぞれの得意・不得意を踏まえたうえで、最も効果的なツールを選択し活用していくというものです。何を目的にどのツールを使うのかが、指導者の腕の見せどころといえます。
そして、「読み物教材」「板書」「ワークシート」などのあり方も、今後大きく変わる可能性があります。私たち指導者には、これまでの蓄積を生かし大切にしながらも、それに縛られることなく、新しい発想で、新しい道徳授業をつくりだすことが求められているのではないでしょうか。