提言「はじめてのGIGAスクール実践」(後編)
東京学芸大学准教授
東京学芸大学教育学部・准教授 博士(工学)。総合教育科学系教育学講座学校教育学分野に所属。独立行政法人教職員支援機構客員フェロー(2020年~)。教育工学,教育方法学,教育の情報化に関する研究に従事。中央教育審議会臨時委員(初等中等教育分科会)(2019年~),文部科学省「教育の情報化に関する手引」作成検討会委員(2019年),文部科学省「教育データの利活用に関する有識者会議」委員(2020年),文部科学省「学校業務改善アドバイザー」(2017~2019年)等を歴任。
〈小学校教科通信 2021年5月号より〉
6.「ラクで便利」だから始める
授業での効果的な一人一台端末の活用というのは,なにも学力向上に必要というだけではありません。学習教材や資料を電子的に配布するのも,立派な活用です。白黒ではなくカラーで,臨機応変にタイミングよく,全ての子どもに一斉に,あるいは一部の子どもにピンポイントで,資料等を配布することが簡単にできます。「あらかじめ印刷したのに使わなかった」とか,授業中に「印刷しておけばよかった」と悔やむとか,「花崗岩と玄武岩の違いが白黒プリントでは見分けがつかない」とか,こうした困りごとが解消されます。
そもそも,授業だけで効果的に使おうと考えずに,学級活動,特別活動,生徒会活動,単なる連絡など,全員が端末を持っていることを生かせば,多くの活用シーンが浮かびます。クラウドですから,職員室で資料やプリント等を保存しておけば,教室で子どもが自分の端末で見たり,ダウンロードをしたりできます。実際に使うサービスとしては,Google ClassroomやMicrosoft Teamsがわかりやすくて簡単です。
最近の演奏家は,タブレット端末にあらゆる楽譜を保存し,必要に応じてすぐに呼び出して演奏を楽しむそうです。端末と無線でつながったフットペダルで譜めくりもできるので,両手を使うギターやウクレレでも演奏しやすいとか。これで演奏力が向上するかといえば,直接的な影響は少なそうです。しかし,演奏家にとって「ラクで便利」だから活用が進むのです。学校でも,こういうイメージで活用していくことが重要だと思います。
7. さらなる活用に向けて
さらに先を見据えて,「主体的・対話的で深い学びに,ICTをどうやって生かすのだろう」といった点に興味がある先生も多いと思います。しかし少なくとも,ここまで書いてきたことができるようになるだけでも,かなりの時間がかかるでしょうから,今回はこのあたりまでとしたいと思います。
先生がたも直感的に感じられるとおり,GIGAスクール構想でICT環境の差は小さくなりますが,依然として活用レベルの差は大きくあります。つまり,これまでのICT環境の差は,先生がたや子どもたちの活用の差,マインドの差も生んでいたのです。モノを買って揃えることに比べたら,活用やマインドの差を埋めることはいっそう困難です。環境が同じ水準になっても,先進地域と同じ実践ができないのは,何年もかけ,ICT環境や制度を整え,先生や子どものスキルを磨き,徐々に経験を積み重ねてきた地域と,それを行わなかった地域との差なのです。例えるならば,GIGA実践の家を建てようとしたら,スキルの岩やマインドの岩など,地盤から多くの岩を取り除く必要が出てくるようなイメージです(図3)。先進地域はこうした岩がすでに除去された状態なので,GIGA実践がすぐにうまくいくのです。これからの地域は,これらの岩を一つ一つ丁寧に取り除いていく必要があります。
もう一つ,重要な問題があります。旧来の活用法や運用法にとらわれて,クラウドの優れた特徴を次々と利用禁止にしている地域もあるのです。そうした地域では,新しいことに取り組もうとする先生がたのワクワク感すらも,どんどんしぼんでいます。
アイディアは現場の実践にあります。「全く新しい」動きなのですから,ICTの技術に詳しいだけで充分に活用したことのない人には,将来の展望まで見通せるわけがありません。ICT活用の普及とは,ICT技術に堪能である人が起こすのではなく,ICTに慣れた人が起こすのだと痛感しています。例えば自動車もそうで,詳しい仕組みや技術に堪能でなくても,多くの人が日常的に上手に活用しています。むしろ技術に堪能なかたが乗っている車を見て「ふだん使いにはちょっと......」と感じることがあるでしょう。これと同様に,ICTに堪能なかたがたのアドバイスが「ふだんの授業ではちょっと......」ということになっていないか,バランスに気をつけていく必要があるでしょう。