新たな学校教育への展望
~コロナ禍の中で思うこと~
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前江東区立八名川小学校校長 |
〈中学教科通信 特別号 2020年秋より〉
コロナ禍によって国民の健康や安全な生活が、そして豊かな経済活動が脅かされています。
子どもたちが生きていく世界、そして私たちがいま生きている世界は、複雑で困難な課題に満ちた、新たなフェーズに入ってしまったようです。
コロナ禍以前から、我が国にとって「持続可能性」は、重要で深刻な課題になっておりました。2017年には、内閣総理大臣を本部長として全閣僚を委員とする政府のSDGs(持続可能な開発目標)推進本部が設置され、全国の地方行政や経団連等の経済団体を大きく巻き込みながら,その推進が図られてきました。
学習指導要領改訂の理念
教育においても、機を一にして、2017年3月の学習指導要領改訂公示に際して「学習指導要領前文」が新たに設けられ、「持続可能な社会の担い手」の育成に向けた教育課程の明確化が掲げられました。
総則では、「児童・生徒に生きる力を育む」ことを目ざして主体的・対話的で深い学びに向けた授業改善や、教科等横断的な視点でカリキュラム・マネジメントに努めることが求められています。

「持続可能な社会の担い手」を育てるために
「内容的には以前の学習指導要領とあまり変わっていないよ。」と明治から昭和時代に掲げた教育目標「知・徳・体」や「よく考える子」などを平然と掲げ続けている学校も見られます。しかし、明らかに時代遅れです。単なる「知」識を詰め込んだだけでは、実際の社会や生活で生きて働く知識や技能にはなりません。また、教師に言われたことを「よく考える子」では、未知の状況にも対応できる思考力・判断力・表現力などは育ちません。ましてや、学んだことを人生や社会に生かそうとする学びに向かう力、人間性などが育つはずもありません。
「持続可能な社会の担い手の育成に向けた教育課程の明確化」とは、「各学校の教育目標から見直し、どのような子どもたちをどのように育てなければならないのか、この際しっかり考え直しなさい。」という意味なのです。教育目標を見ればその学校の教育観や、その程度がはっきりと見えるのです。
耳を澄ますと「いいのですよ。変えてください!学習指導要領も、あなたの改革を応援しています。あなた以外には今、変えられる人はいませんよ!」という応援の声も聞こえてきます。地域を愛し、その伝統を重んじながらも,時代遅れでカビの生えた教育目標を変える勇気をもちましょう。そして、教育の中身やそこに育つ子どもたちの姿で地域や保護者を納得させ、多くの協力をも得られるような教育実践を進めていきましょう。それが「この町の、今と未来の教育を託されている学校の進むべき道だ。」と思いませんか。
カリキュラム・マネジメントは不要なのか
学習指導要領改訂の理念が各中学校の教育課程にどのくらい浸透しているのだろうかと、公開されているスクールプランをもとに、ある市の全ての中学校の教育課程を調べてみました。すると、「主体的・対話的で深い学びに向けた授業改善」の記述があった学校は57%ありました。しかし「カリキュラム・マネジメント」の記載は17%しかありませんでした。
中学校は学習指導要領の全面実施前年なので、低いのかと思い、同市の全小学校でも同様に調べてみましたが、28%と8%、という驚くほど低い数値でした。
特に「カリキュラム・マネジメント」については取り組む意味や魅力がほとんど伝わっていないということであり、来年度になったからと言って教育課程への記述が急増することもなさそうです。
カリキュラム・マネジメントは「各学校においては、生徒や学校、地域の実態を適切に把握し、教育の目的や目標の実現に必要な教育の内容等を教科等横断的な視点で組み立てていくこと、教育課程の実施状況を評価してその改善を図っていくこと、教育課程の実施に必要な人的又は物的な体制を確保するとともにその改善を図っていくことなどを通して、教育課程に基づき組織的かつ計画的に各学校の教育活動の質の向上を図っていくこと(以下「カリキュラム・マネジメント」という。)に努めるものとする。」(総則第1章第1の4)と示されているのです。
(下線は筆者による。)
ですから,従来の学校教育では不十分であった「教育内容等を教科等横断的な視点で組み立てることをきちんとやりなさい。そのことで、教育の目的や目標を達成しなさい。」ということを示しているのです。
教科等横断的な学習はなぜ必要か
ではなぜ、教科等横断的な学習が必要なのでしょうか。私たちの世界を持続不可能な状況に追い込むような困難な問題、例えば新型コロナウイルス感染症の蔓延を例に考えてみましょう。
新型コロナウイルス感染症は、もともと「健康や福祉」の課題です。しかし、医療体制の対応だけですべての解決はできません。蔓延の拡大を抑えるためには交通の規制も必要ですし、それによって経済の停滞も生まれます。倒産しそうな企業を支援するにも,労働者を支援するにも新たな法律の整備が必要で、政治の力も欠かせません。また、休業要請や外出の自粛に応じた多くの方々もいらっしゃいました。高いモラルがない国では実現できません。質の高い教育の成果を感じます。治療方法や医薬品の開発には世界各国とのパートナーシップも必要です。
新型コロナウイルス感染症の問題解決一つとっても、SDGsの 3・4・6・9・17 などさまざまな分野に広がり、多様な英知を集めた総合的な対策が求められるのです。
SDGsの視点が育む問題解決のための力
このように、これからの世界では、問題にいち早く気づく問題発見能力だけでなく、SDGsの視点のように幅広い視野から分析し、思考し、必要な情報を収集し、的確な判断に活用する能力や、多様な人々と協働するための表現力や実践力の育成が求められています。
知識はもっていても人に言われるまで自ら動けないような人間は、認められない世界なのです。ですから、日常的な学習活動においても、具体的な事実や問題点を書き出し、ウェブ図等の思考ツールを活用して学ぶべき課題を明確化し、調べ・まとめ・共有し・発信し、実践を相互に評価し合うといった、主体的・対話的で、自己変容を伴う深い学びのスタイルがどうしても必要なのです。
つまり、SDGsを踏まえた教育、特に教科等横断的な視点に立ったカリキュラム・マネジメントは、生きる力を育む教育課程編成の要であり、学校教育の再生をかけたチャレンジです。巷で言われるような単なる業務の効率化などとは、全く次元の異なる重要な取り組みなのです。
学習指導要領では、このような時代の課題に向き合い、学校教育の改革を進めることを各地の教育委員会や学校に向けて強く求めているのです。