中学校国語:言葉の力で社会とつながる
~国語の時間に学ぶSDGs~
相模女子大学中学部教諭
〈教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.2 (中学校版) 2022年4月発行より〉
はじめに
中学校学習指導要領(平成29年告示)解説の「改訂の経緯」には、これからの子どもたちが生きる未来を「予測が困難な時代」と捉え、子どもたち「一人一人が持続可能な社会の担い手」となり、「個人と社会の成長につながる新たな価値を生み出」すことが期待されるとあります。令和3年度版の教育出版「伝え合う言葉 中学国語」では、全学年に「総合 持続可能な未来を創るために」が単元として設定されていますが、教科学習でSDGsや社会課題を扱うことは、子どもたちの「これからの未来を生きるうえで必要となる力」を育成すると考えます。ここでは、教科書掲載の「『エシカル』に生きよう」(末吉里花)を教材として、中学1年生に、「自分の生活とSDGsとを結びつけて考える」ことをねらいとした授業の実践を報告します。
実践のポイント① 「社会課題は、自分の行動の中にあることを知る」
授業の冒頭、生徒に「皆さんがお店でチョコレートを買うとき、商品を選ぶ基準は何ですか」という発問をしました。唐突な問いかけではありましたが、生徒からは「おいしさ」「安いほうがいい」「パッケージにひかれる」「新商品に手が出る」など、多様な選考基準があがりました。そこで「皆さんそれぞれ自分にとってうれしい製品にはいろいろあるね」とさりげなく確認し、そのうえでカカオ農場における児童労働の現実を伝えるドキュメンタリー映像を視聴しました。動画の中では、まだ10歳にも満たない少年たちが学校に通うこともなく、病気の母に仕送りするために過酷で危険な労働を強いられています。なにより印象的なのは、カカオを収穫している少年たちが、そのカカオが何になるのかを知らない、チョコレートという甘いお菓子を食べたことも、見たことすらないという現実です。この動画視聴の後、「もしも皆さんが口にするチョコレートの原料が、こうした少年たちの手で収穫されたものだったら、どのような気持ちになりますか」 と発問を投げかけると、次のような感想が聞かれました。
ここで初めて、生徒は「店舗に並ぶ商品には、材料や製造過程といった背景があること」を意識します。そしてその背景に問題があると知ることで、「自分のための消費が、自分のためだけのものでいいのだろうか」という課題意識をもつのです。
実践のポイント② 「教室での学びを、自分の生活に結びつける」
こうした導入を経たうえで「『エシカル』に生きよう」を読むと、チョコレートばかりでなく、「安価なTシャツ」という、これもまた身近な商品の製造過程にもさまざまな問題が背景にあること、そして児童労働の現実を知った時に感じた「消費に対する罪悪感」のようなものに対して「人や地球環境の犠牲の上に立っていない消費の仕方、エシカル消費」という考え方があることを知ります。自分の生活と世界の社会課題が深く関係すると認識することで、その解決に向けて「自分ができることは何か」と考える意識が生まれます。フェアトレード商品のような、生産者に配慮した商品があることを知ると、先ほど想起した自分の商品購入における選考基準に「誰かのため、社会のため」という観点を加えることができるのだと気づくのです。
教材文には、「製品の過去」を考えた消費の仕方を実践する手段の一つとして、「国際認証ラベル」のついた商品があることが紹介されています。それぞれのラベルの意味をインターネット検索で調べていくと、生徒にとって身近な食料品のパッケージや、ファーストフード店の包装用紙に、これらのラベルがあることを発見します。教室では「昨日もこれ食べたけれど、ラベルに気づかなかった」「このお店の包み紙は、ちゃんと環境に配慮しているものなんだ」といった感想が飛び交いました。自分たちの日常の消費活動が、知らないうちに「エシカル」なものになっていたという安堵感のようなものと同時に、知っておけばよかったという気持ちにもなったようです。課題解決に向けた取り組みの第一歩は、「知ること」だと気づくのです。
続けて「製品の現在」を考えた消費として、教材文では「手にしている製品を長く大切に使い続けること」と述べられている点に注目しました。まだ使えるのに新しいデザインのものが欲しくなる、そんな商品購入の動機は日常にあふれています。しかし、今手にしている製品を使い続け、新しいものを購入しないという選択をすることで、製品を生み出すために使われる資源の節約になり、製造過程や輸送過程に消費されるエネルギーやそれに伴うCO2排出などの抑制につながる、これが「製品の現在」を考えることの一つなのだと確認しました。ここで自分の持ち物や愛用品を思い浮かべた生徒から、「このハサミは小1から使っている」「お姉ちゃんの洋服のお下がりが多い」「赤ちゃんの頃から持っているぬいぐるみは捨てられない」などの声があがりました。自分たちも、無意識に「製品の現在」を考えたエシカルな行動をとっていたことの気づきです。改めて、何か特別な取り組みでなくとも、自分たちにもSDGsにつながる生活ができることを再確認しました。
実践のポイント③ 「国語の時間にSDGsを学ぶ意味を考える」
次に生徒には、「皆さんは知らないうちに、物を大切にするといった日常の行動でエシカルな行動をしてきたことになりますが、単なる『日常の心がけ』で終わってしまっていいのかしら」と投げかけました。生徒たちは「他にも自分たちにできることはないか」と頭を抱えます。周囲との話し合いの中でポツリポツリと出てきたのは、「買い物の時に、このラベルのついた商品の方がいいよと、お母さんに教えてあげようかな」だとか、「お姉ちゃんの洋服を借りたいとき、これもエシカルだからと言ってみようかな」といった言葉です。このタイミングで、環境活動家であるグレタ・トゥーンベリさんのスピーチ動画の一部を見せ、「彼女が世界で注目されるのはなぜでしょう、彼女は何がすごいのでしょうか」と発問しました。大半の生徒はグレタさんの存在を知っています。迫力ある彼女のスピーチを視聴した生徒は、「彼女のすごさ」を「大人に向けて自分の意見を堂々と言えること」と評しました。そこで改めて、「自分の思いを言葉にすること」の大切さについて意識を向けさせました。「皆さんがエシカルについて知ったことを人に伝えることで、皆さんが知ってよかったと感じたことを次の人が知ることになります。自分のなにげない行動が『エシカル』なんだと言葉にすることで、単なる心がけで終わらなくなります。」この投げかけの後、生徒は「自分ができるエシカル」を周囲の級友と互いに宣言するという活動で授業を閉じました。
中学校学習指導要領(平成29年告示)解説では、国語科の目標に掲げる「言葉がもつ価値を認識する」ことを「言葉を通じて人や社会と関わり自他の存在について理解を深めること」と解説しています。今回の授業においても、社会的な課題に関心をもち、自分の学びや考えを言葉にすることで、課題の解決に必要な言葉の力を養いたいと考えました。
学習を振り返って
授業後の、生徒の振り返りでは、学習の実感として、「エシカルについて理解できた、もっと知りたいと思う」と回答した生徒がほとんどで、学習課題に向き合えた様子が見られました。また「買い物をする時にエシカルのことを思い出した」「エシカルに限らず、自分の生活について視野を広げたい」との回答を選択した生徒が45%を超え、教室での学びを、自分の生活に結びつけて考えてくれたことがわかりました。教室では興味をもって向き合っても、そこで学びが閉じてしまっては意味がない、これこそSDGsを学校で学習するうえで必要な要素だと考えます。中には「SDGsは社会や総合で扱うイメージだったけれど、国語との関連性もあるとわかった」「どの教科の学習にも役立つと思う」との言葉も見られ、国語でSDGsを学習する意味について意識した生徒もいました。