中学校数学:脱炭素社会や減災につながる数学
筑波大学附属駒場中・高等学校教諭
〈教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.1 (中学校版) 2021年9月発行より〉
はじめに
現代社会が抱えている課題は数多くあり、それらを解決するために数学は必要不可欠な存在です。ここでは、脱炭素社会と減災という視点で、数学を課題解決に活用する例を紹介します。
自動車×1次関数 ~脱炭素社会~
脱炭素社会の実現に向け、自動車市場において、従来のガソリン車から電動車への置き換えが進んできています。電動車で現在主流となっているのは、駆動においてガソリンに加えて補助的にバッテリーも利用するハイブリッド車で、燃費がよくなる一方で、車両価格が上がってしまいます。また、近年では、バッテリーのみでモーター駆動する電気自動車への注目も高まっていますが、充電スタンドの普及が進んでいないことと、車両価格がさらに上がってしまうことから、シェアは依然低い状況にあります。日本では、燃費性能や駆動方式により減税や免税を行うことで、電動車の普及を推進していますが、ここでは、車両価格と燃費性能のみに着目して、消費者がどのように行動するのかを考えてみましょう。
▶課題の紹介
中学2年の「1次関数」において、自動車を購入するときに、ガソリン車(GV)とハイブリッド車(HV)のどちらにするかの検討を題材とします。自動車メーカーのパンフレットや各種ウェブサイトを調べて、自動車の用途をもとに次の情報を得たとします。
実燃費はガソリン1Lあたりで走行できる実際の距離の平均を表します。また、ガソリン価格や年間走行距離も平均を表しますが、計算するうえでは、平均ではなく確定した値と捉えます。このとき、価格に着目して、どちらの自動車を購入した方がよいかを検討します。
▶授業で扱う際の工夫・留意点等
授業で扱う際には、環境への影響や減税などの話をしながらも、課題を単純にするため、最終的には表で与えた価格のみに着目させた方がよいでしょう。年間走行距離が決まっているので、この自動車を x年利用するときの総価格を y万円とすると、
GVは y=9x+200、HVは y=5.4x+236
と表せるので、それぞれに対応する1次関数のグラフは次の直線になります。
10年まではGV、10年を超えるとHVが得ということが視覚的に分かり、購入の際は利用年数で判断するということが結論になります。
ここでは、消費者目線で考察しましたが、電動車を普及させたい国の立場では、どのように減税・免税や補助金の仕組みを作ると価格の高い電動車を購入してもらえるのかを考えています。これは、自動車を開発するメーカー側にも大きく影響し、脱炭素社会の実現は国の制度設計しだいとも言えます。
地震×円 ~減災~
日本は世界有数の地震多発地帯です。多くの人命を奪い、多くの被害をもたらした東日本大震災は特に、記憶に新しいことでしょう。
大災害時、回線が混雑するため携帯電話での通話は難しくなりますが、電話番号を利用したテキストメッセージ送受信サービスのSMSであれば比較的連絡しやすいと言われています。インターネットが切断され、携帯電話のSMSだけが頼りになった状況を想定し、限られた情報から正しい判断をする場面で考えてみましょう。
▶課題の紹介
中学3年の「円」において、大地震発生時に限られた情報から震源が海底かそうでないかを推定することを題材とします。もし海底であった場合には、津波が発生する可能性が高いからです。携帯電話のSMSだけが利用できる状況において、地震発生後すぐに連絡のとれた4地点に住んでいる親戚のメッセージで初期微動継続時間が次の通りであることが分かったとき、震源が海底かそうでないかを考察します。
▶授業で扱う際の工夫・留意点等
授業で扱う際、まず、初期微動継続時間が地震のP波とS波の速度の差によって生じるため、初期微動継続時間は震源からの距離に比例することを確認します。必要に応じて、原点を通る傾きの異なる1次関数のグラフを考えるとよいでしょう。また、震源は地中にありますが、計算を簡潔にするため、その真上の地表の地点を表すものとみなし、それを地点Oと表します。地点A、B、Cの初期微動継続時間が同じことより、OA=OB=OCであるから、Oは線分AB、BC、CAの垂直二等分線上にあるので、その位置が確定されます。つまり、三角形ABCの外心で、3本の垂直二等分線が1点で交わることも分かります。作図すると、Oは海にあるので、震源は海底であると結論できます。
Oの位置だけを調べるのであれば、地点Dの情報はなくても構いませんが、Oの位置を決定した後に、OA:OD=2:1を確認することで、判断の正確性を上げられます。
難度を上げた課題として、地点A、B、Dの情報からOの位置を決定することも考えられます。線分ABの垂直二等分線上にあり、OB:OD=2:1をみたす点Oを決定できればよいのですが、高校で学ぶアポロニウスの円を用いると、2点が候補となります。最終的に地点Cの情報も利用して、OB=OCをみたす点をOとして確定できます。
おわりに
脱炭素社会や減災につながる数学の活用事例を紹介しました。授業で扱うには多少の単純化は必要ですが、未来を生きる子どもたちに数学を活用する機会を数多く作りたいと考えています。今後直面するであろう現実の問題解決の場面で、これらの経験を生かせるようになることを期待します。