私は現在,東京音楽大学で,音楽教師を目指す学生に「音楽科教育法(教科教育法)」を中心に教鞭をとっていますが,60歳で定年退職するまでは東京都の公立中学校で音楽の教師をしていました。私の教師として,また,自身の音楽経験の視点から「音楽科におけるキャリア教育の意義」について考えてみたいと思います。 年に数回,各地区の音楽研究会から研修の講師依頼があります。内容はさまざまですが,最近は新学習指導要領や新しい評価についての内容が多いです。ただ正直にいいますと,研修内容は難しくなりがちで,受講する先生方の目がキラキラと輝くとは言い難いのですが,6月のある地区での研修には特別な想いがありました。かつて担任した生徒が2年前に音楽科に新規採用され,数年ぶりの再会が果たせたからです。教師として,教え子が同じ道に進み,先輩後輩の立場で再会するということはこの上ない喜びです。更に4年前になりますが,初めて勤めた中学校の吹奏楽部の部員…もう40代半ばになりますが,彼から「当時の仲間たちで吹奏楽団をつくって活動しているので見に来てくれませんか?」といわれ,練習を見学しました。アドバイスを頼まれて「バンドの音が良いとか,皆さんのテクニックが上手いとか下手ではなく,“生涯音楽を楽しむ”という姿勢に大変感動しました」と話しました。生涯にわたり音楽を愛好する心情をもち続けていることに深く感動したのです。 私自身,ジャズベースを50年近く弾いています。では,どのようなきっかけで音楽の道に進んだのかということをお話しします。 私の両親は音楽が好きで,母はいつも台所で料理を作りながら歌を歌っていました。父は,SPレコードをたくさん持っていて私もよく聴いていました。そんな私が音楽の道に進むことになったきっ教え子との再会自らの進路と音楽かけは,中学1年の2月に実施された「歌の実技試験」で,先生から「和田君は学年で1番歌が上手い!」と褒められたことです。その1ケ月後に先生が顧問をされていた吹奏楽部でトロンボーンを始めました。その時「僕も音楽の先生になって吹奏楽の指導をしたいな」と思いました。進路について真剣に考えたのはこれが最初です。やがて音楽大学に進学。「音楽の先生になりたい」という気持ちは薄れていましたが,卒業後,小学生にリコーダーの初期指導を行う仕事を通じて“教師になりたい”という気持ちが再燃。猛勉強を経て2度目の採用試験で合格し教師となりました。人生のそれぞれの場面で「音楽との出会い」があって今の私があると思います。 キャリア教育というと,「中学校を卒業したらどうする」「10年後の自分を想像してみよう」「将来の希望を実現するために今必要なことは何か考えてみよう」等々,どちらかというと進路指導寄りの活動が行われているのではないでしょうか。もちろん「職場体験」を通して「キャリア教育」の充実を行っているケースも多くあります。「仕事の大変さが分かった」「お父さんやお母さんに感謝したい」という感想をもつ生徒が多くいます。これはよいことですが,キャリア教育は「社会生活の中で,みんなと協働しながらも自分らしく,しかも幸せに生きていく」という,もっと広い意義や目的があると思います。そのためには「生きる力」の一つである「豊かな人間性」の育成が必要不可欠です。 このことを音楽科教育とキャリア教育の関わりの視点で考えてみるとどうでしょうか。音楽科教育の目的は,音楽家や音楽の教育者を育成することではありません。では,音楽科教育においてキャリア教育はどうあるべきでしょうか。音楽の教科の目標に視点を当てます。音楽科教育は学習指導要領 第1の目標(3)に示されている内容“豊かな情操の音楽科教育とキャリア教育音楽教科の視点音楽科におけるキャリア教育の意義東京音楽大学教授 和わ田だ 崇たかし はじめにビッグ・バンドで演奏する筆者18現代的な教育課題とこれからの授業デザインー教科の視点 音楽特集
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