教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.1 (中学校版)
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育成”が常に活動の中心になくてはなりません。また,各学年の目標の(3)に示されている「(前略)音楽によって生活を明るく豊かなものにしていく態度を養う。」という態度の育成は「音楽科教育」における「キャリア教育」の実践につながるというとても大切な内容です。 音楽を通して「生活を明るく豊かにする」と学年の目標に示されています。これは一体どういうことでしょうか。中学校の旧学習指導要領(平成20年3月改訂)解説「音楽編」から「音楽を生活の中に取り入れ,明るく豊かな生活を送ることを目指す態度のことである。」と示されています。確かに「家の中に常に音楽が流れている」「いつも誰かが歌っている」「ファミリーコンサートを開く」などは素敵なことですが,ここでいう「豊か」とは「一人一人の心が豊かである」「人間性が豊かである」ということを示しています。 豊かな心・豊かな人間性を育成する教育活動には「道徳教育」が大きく関わります。そして音楽科も確実に必要な教育活動です。音や音楽と出会い「美しい」「きれい」「感動した」「鳥肌が立った」と感じる豊かな「感性」,小アンサンブルやグループ活動での協働的な音楽活動で養われる「他者を思いやる心や優しい気持ち」などの育成は,目標(3)で示されている「豊かな情操」の育成につながります。この豊かな情操,すなわち「心が豊かである」ことによって「社会生活を続けていく中で自分らしく生きて幸せな人生をおくる」ことが可能になるのではないでしょうか。 では,実際の音楽の授業において「豊かな心」の育成はどのように行ったらいいのか考えてみたいと思います。 私が中学生の頃,学校の音楽室以外では,自分ではテレビかラジオでしか音楽を聴くことができず,小遣いをためて買ったLPレコードなどは音楽室のステレオを借りて聴いていました。カラオケも普及してなく,大きな声で歌う場所も音楽室でした。しかもギターやドラムセットは不良の楽器といわれ嫌われていました。今の中学生はどうでしょうか?生活を明るく豊かにするとは豊かな心・豊かな人間性の育成幅広い音楽と関わらせるICT機器のめざましい発展やカラオケボックスの普及,廉価でラインアップされた楽器等々,いつでもどこでも自分の好きな音楽を聴いたり,歌ったり,楽器を購入したりして音楽を楽しめます。全くうらやましい時代です。反面,音楽の嗜好性は多様化し,音楽室で歌ったり聴いたりする音楽に価値を感じない生徒がいるのも否めません。時代の流れから仕方のないことかもしれませんが,「音楽は好きだけど学校の音楽は嫌い」というのは音楽教師として寂しいかぎりです。 生徒の好きな音楽は生徒個人が自宅や部活などで楽しめばよく,授業では「生徒が興味を示さない音楽」こそ,先生の指導の工夫で興味関心をもたせなくてはならないと思います。 先生が生徒の前で目をキラキラ輝かせて授業を行えば,生徒は自然と引き込まれます。そして,生徒自身がこの楽曲や活動に価値を見いだすはずです。ただ,活動に参加した生徒全員が価値を見いだす必要はないと思います。ある生徒は価値を見いだしたけど,ある生徒は価値を感じない…これでよいのです。ここで重要なことは“幅広い活動を行う”ということです。生徒は幅広い活動の中で,価値を見つけられることでしょう。 かなり前のことですが,こんなことがありました。2年生の「小フーガ ト短調」の鑑賞の授業で,その時の私の授業展開がよくなく,多くの生徒が「この曲は難しくてわからない」「暗いから嫌い」と言いました。ところが,野球が大好きだったI君だけは「ものすごく気に入りました。CDを貸してください!」と言い,ちょうど全クラスでこの題材が終わっていたこともあって貸したところ,更に興味を持ち「平均律クラヴィーア曲集(Das wohltemperierte Klavier)」を毎日家で聴いていたそうです。多声音楽の響きが彼の琴線に触れたのでしょう。あの授業を受けていなかったら一生バッハと出会わなかったかもしれません。本当に何がきっかけになるかわかりません。音楽にあまり興味関心をもたない生徒にこそ,先生は分野の偏りをなくして,幅広い活動を通して,多くの音楽と触れさせる必要があると思います。 現在の私の立場では直接,児童・生徒へ音楽を愛好する心情の育成を実施することはありません。教員を目指す学生たちに「音楽科は心の教育を担っているとても重要な科目である」ということを伝えていくことが,私の使命であると感じています。おわりに19現代的な教育課題とこれからの授業デザインー教科の視点 音楽特集

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