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書評:小島宏の気になる1冊その894

高浜 虚子 著 「俳句はかく解しかく味ふ」(角川文庫 定價:五拾圓)


 本書は,昭和28年初版本である(現在は,角川ソフィア文庫「俳句はかく解しかく味わう」(本体555円)として現代語訳で出ている)。昭和36年,大学1年の秋に購入したもので,最近また読み直した。

 そういえば,1982年(昭和57年)に朝日新聞から出たドナルド・キーン著「日本人の質問」(現在は,朝日文庫から同名の本が出ている)の中に,日本人からよく質問される中の一つに「俳句を理解できますか」と言うのがあるそうだ。そして,「俳句は日本人としても分かりにくいものだ。分かりやすい句もあるが,そういう句はあまり高く評価されていない」「芭蕉の名句にさまざまな解釈があることは,俳句のあいまいさ,分かりにくさを証明する」と述べている。

 さて,高浜虚子は,俳諧の歴史はほとんどわかっていないと言っている。与謝蕪村については研究している人がいるが,俳句全體の歴史を文學的に研究した人は一人もいないとも言っている。そして,「そこで私は殆ど時代なんか頓著なしに數十句の解釋を試みて,諸君の俳句に對する解釋力といふものを養ふといふ事にしようと思ふ」と,本書の趣旨を述べている。

 例えば,「出代りや推さな心に物あはれ(でがわりやおさなごころにものあわれ)」(嵐雪)には,「出代りといふのは三月に年季奉公の男女が入りじる古來の習慣がある。今までゐた奉公人は新しき奉公人と入れ代る爲に,長々の恩義を謝して暇を貰い出ていく。新しい奉公人はその古い奉公人の爲し來つたことを少し見習って,その古い奉公人の出て行ったあとは自分で凡ての事に當るやうになる。竈も昔の竈,七輪も昔の七輪,戸棚も昔の戸棚でありながら,其處にゐる人間の變のを見ると,何となく,ものになじまぬやうなうらさみしい心持のあるものである。...」と言うがごとしで,著者の解釋で俳句の正解にいざなってくれる。少しずつ,いや一句ずつかみしめながら読み進める1冊である。松尾芭蕉(30句),宮城凡兆(9句),谷口蕪村(27句),高井几薫(9句),炭太祇(14句),小林一茶(21句),正岡子規(26句)をはじめ42人の俳句を取り上げ,丁寧に解釈し,俳句の世界に案内してくれる。