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書評:小島宏の気になる1冊その325

アミール・D・アクゼル著青木薫訳「『無限』に魅入られた天才数学者たち」早川文庫NF(早川書房本体:900円)

私は,高校の2年生まで数学科に進んで,出来れば数学者になりたいと思っていた。しかし,それをあきらめて,数学の先生になることにした。

その苦しい転機の大きな要因は,「無限」にあった。高校の数学の館野先生が,課外の課題に「整数全体と,偶数全体では,どちらの方が多いか?」を出した。答えは「整数の集合の要素と,偶数の集合の要素を,1対1に対応していくと,その対応は無限に続く。よって,…」ということであった。当時の自分には,これがどうしても納得できなかった。

それで,館野先生に,大学は理数科ではなく,文学部にしたいと相談した。「う~ん,最後は自分で決めてほしいけど,もう少し,数学にこだわってみたら」と言うことだった。でも,結局「無限」がトラウマになって,数学科は諦めた。館野先生は,「教員養成系の数学科に進学して,しばらく,間をおいて,考えてみたらどうか」と背中を押してくれたので,最終的に自分の判断でそうした。

本書の書名が,生々しい青春のひとこまを思い起こしてくれた。「よし,無限をこれから勉強し直してみよう」という「歳を無視した無謀な希望(意欲?)」を湧き立たせてくれた。

「無限」という概念は,それほど難しくはないという実感をもって,本書を読み進めることができた。数学の好きな中・高生,数学を研究してみたい中・高生,子どもに算数や数学のおもしろさを語ってあげたい小・中学校の先生方に是非お勧めしたい。

どの章も20~30ページの簡潔な文章で,数学者の生き様や研究の進め方を,人間臭さを通して,楽しく読み進めることができる。

内容は,

第1章「ハレ」(ゲオルク・カントール),
第2章「無限の発見」(ギリシャ人の無限の発見),
第3章「カバラ」(ラビ・アキバの仕事),
第4章「ガリレオとボルツァーノ」(有限集合と無限集合),
第5章「ベルリン」(ベルリンの数学界),
第6章「円積問題」(無理数),
第7章「学生時代」(カントールの数学),
第8章「集合論の誕生」(カントールやデデキント等),
第9章「最初に出会う無限」(アンリ・ポアンカレ),
第10章「我見るも,我信ぜず」(カントールの発見した無限の性質),
第11章「悪意に満ちた妨害」(カントールとクロネッカー),
第12章「超限数」(無限数の階層,エン・ソフの同心円図),
第13章「連続体仮説」(連続体上のべき集合や濃度),
第14章「シェイクスピアと心の病」(連続体仮説の証明とカントールの病),
第15章「選択公理」(整列原理の証明,選択公理を巡る争い),
第16章「ラッセルのパラドックス」(セビリアの理髪師),
第17章「マリエンバード」(カントールの入院,全てを含む集合),
第18章「ウィーンのカフェ」(ゲーデルの定理),
第19章「1937年6月14日から15日にかけての夜」(連続体仮説と集合論),
第20章「ライプニッツ,相対性理論,アメリカ合衆国憲法」(連続体仮説と選択公理の否定),
第21章「コーエンの証明と集合論の未来」(強制法による証明),第22章「ハルクの無限の輝き」(和人連続体の実在),
付録「集合論の公理」で,構成されている。