現在、一般的に使われている楽譜の書き方(5線を組み合わせ、音の高さと長さをいろんな形の音符で表す方法)は、実は長い時間の中でさまざまな試みが行われ変化してきた結果なのです。このQ&Aでは、その長い歴史の一部を覗いていきたいと思います!
Q6. 1つの音符=1つの長さ?
4分音符が2つで2分音符、4つで全音符…って習ったからあたりまえに思っていたけど…その規則はいつでも同じなのかな?
現在の西洋音楽の楽譜の書き方で、とても重要な「決まり事」があります。それは、「それぞれの音符に1つの決められた長さが与えられる」ということです。例えば、全音符は2分音符が2つ分ですし、4分音符が4つ分ですよね。これが、例えば4分音符の中に8分音符を3つ入れたい場合は、3連符にします。つまり、同じ音符でも、音の長さをちょっと変えたい場合は、何らかの記号を加えることで書き表します。一見当たり前のようなこうした音符のルールも、実は長い歴史の中でさまざまに試行錯誤が重ねられた結果なのです。これからは、そうしたさまざまな試行錯誤の過程を見ていきましょう。
<音符の長さ>
Q7. それぞれの音符の名前の由来は?
音符の名前って、2分音符とか4分音符とか「数字+分音符」と呼ばれるものが多いよね。なんでかな ?
Q6でも少し触れたように、全音符は2分音符2つ分、4分音符4つ分です。つまり、現在の音符の日本語名は全て「全音符1つ分に対していくつ分に相当するか」ということに由来するのです。では、「全音符」の由来とはなんでしょうか?
日本語の全音符は、“Die ganze Note”というドイツ語の名称の訳語です。“ganze”という言葉は、英語“all”に相当する「全ての」という意味です。13世紀、全音符は実は当時使われていた中で最も小さな音符でした。しかし、Q5でもお話しした通り、音符は時代をくだるに従いしだいに細かなものが用いられるようになります。そして、16世紀に入ると、音符の長さは全音符を基準として長さが考えられるようになりました。下記リンクは、ドイツのヴィッテンベルクで1556年に出版されたヘルマン・フィンクの『音楽の実践Practica musica』という音楽理論書の1ページですが、このページには全音符に「1」と書かれ、そこを基準にした「音符とその長さ一覧」が書かれています。今の音楽の教科書と同じですね!
これ以降、全音符は、全ての音価の長さを考える上での基準となり、恐らく「全」音符という言葉もそこに由来するのではないかと考えています。
<音符とその長さ一覧>
- ヘルマン・フィンク『音楽の実践』より
- (ヴィッテンベルク,1556年)
Q8. 音符は全て「2で割る」の?
音符の名前の由来がよくわかったよ!でも、3分音符とか9分音符とかはないのかな?
現在用いられている音符の長さ(音価)は全て2で割るいうことにお気付きでしょうか?1つの全音符は2つの2分音符に、そしてそれは4つの4分音符、8つの8分音符に、というように、全て2の倍数で分けられていきます。一見、当たり前のように思われる現在のこうした音価の分割ですが、これははじめからずっとそうだったわけではありません。
13世紀から15世紀のヨーロッパでは、音符の中には現在のように2分割のものもあれば、3分割、つまり、1つの大きな音符が3つの小さな音符に分かれる場合もあったのです。そうなると、例えば、1つの全音符は2分音符2つ分にもなると同時に、(3連符を使わずに)3つ分にもなります。つまり、同じ形の2分音符でも、全音符半分の長さの場合と、3分の1の場合の2つの長さがあったということです。
図で見てみましょう。ここで登場するのは、全音符、二分音符、そして倍全音符(全音符2つ分の長さの音符)など、現代の音符の祖先にあたるものです。
こうした図と説明は、当時の音楽の教科書にも見られます。下記リンクは、1496年にスイスのバーゼルで出版されたフランキヌス・ガッフリウスの『音楽の実践 Pracica musica』という音楽理論書の1ページです 。このページに書かれている図は、 ブレヴィスと呼ばれる四角型の音符が2つのセミブレヴィスにも、3つのセミブレヴィスにも分けられるということ、そしてセミブレヴィスもさらに2つのミニマ にも、3つのミニマにも分けられるということを表しています。
<音価の分割について>
- フランキヌス・ガッフリウス『音楽の実践』より
- (バーゼル,1496年)
Q9. 旗をつなげて書く音符の書き方はいつからある?
8分音符や16分音符など、旗が付いている音符が並んでいる場合は、旗を繋げて書くように習うけれど、どうしてだろう?
現在の楽譜では、8分音符より小さな音符が連続して並んでいる場合、音符の「旗」を繋げて書く、という習慣があります。これを、「連桁」と呼びます。
<連桁の例>
連桁を用いることで、細かい音符を見やすくするという利点がありますが、こちらも印刷技術や楽譜のスタイルによって異なる書き方もありました。
木や金属に文字や記号を彫り込んだ判子状の活字を並べたものにインクを塗り、それを紙にプレスして印刷する活版印刷が盛んに行われていた16世紀、楽譜の印刷では1つの判子につき1つの音符があてがわれました。つまり、例え8分音符以下の 小さな音符が並んだとしてもそれらはあくまで♪の形をした1つの1つの判子だったため 、連桁は用いられませんでした。その例が、下記リンクにある楽譜です。このように、昔の楽譜は音符の書き方や、その読み方の規則が現在のものと異なることが多く、現在の楽譜の書き方に至るまでにさまざまな道筋があったことが分かります。
<連桁が用いられていない楽譜の例>
- ジョヴァンニ・バッサーノ『リチェルカーレ、パッサッジ、カデンツァ集』
- (ヴェネツィア、1585年)
Q10. 音符は繋げて書かれることもあった?
今は「連桁」で繋がっている楽譜が一般的だけど、昔の楽譜も同じだったのかな?
旗は見やすさのために繋げることは現在一般的ですが、音符そのものを繋げる、なんてこと、今ではなかなか見ないのでは、と思います。実は17世紀より前の楽譜には、「リガトゥーラ Ligatura」と呼ばれる複数の音を繋げて書き表した音符が用いられていました。Q1で登場した「ネウマ譜」では、いくつかの音を一まとめにした書き方が用いられていました。リガトゥーラは、このネウマ譜に由来する音符の書き方です 。13世紀から17世紀にかけて、そうしたリガトゥーラが、棒の向きや音符の形などの組み合わせを用いてさまざまな読み方が決められるようになりました。当時の楽譜を見ると、こうしたリガトゥーラは特にメリスマと呼ばれる部分に付けられていることが大きな特徴です。メリスマとは、1つのシラブル(音節のこと。「私」という言葉は「わ」「た」「し」という3つのシラブルから構成されている)に対し、複数の音符が付けられている部分のことです。リガトゥーラで書くことで、メリスマの中での音の滑らかな結び付きや抑揚などがイメージされるという利点があります。
<1シラブル1音のものとメリスマの例>
下記リンクは、ドイツのニュルンベルクで1552年に出版されたアドリアン・プティ・コクリコの『音楽提要 Compendium musices』という音楽理論書の1ページですが、ここではさまざまな形のリガトゥーラが見られます。
<さまざまな形のリガトゥーラ>
- アドリアン・プティ・コクリコ『音楽提要』より
- (ニュルンベルク,1552年)
執筆・構成者プロフィール
- 菅沼 起一(すがぬま きいち)
- 京都府出身。東京藝術大学音楽学部古楽科リコーダー専攻卒業、音楽学専攻へと転向し同大学院修士課程を修了。大学院アカンサス音楽賞を受賞。専門領域は、中世・ルネサンス期の演奏習慣、当時の器楽曲に関する資料研究や楽曲分析、音楽理論史(記譜法など)。現在、博士後期課程に在籍。学内外で学会発表、論文・CD解説・プログラムノート・各種コラム等の執筆を行うとともに、中世からバロック、新作初演に至る幅広いレパートリーでの演奏活動を展開中。