2009 autumn
インテル株式会社
インタビュー(2)

教育プログラム推進部 部長
柳原 なほ子 さん


 インテルは,1968年の創業以来,半導体を通じて人々の生活や仕事をさらに豊かにする技術や製品を開発し提供してきた,世界最大の半導体メーカーです。
 今回は,インテルが取り組んでいる幅広いCSR活動の中でも,とくに教育分野における内容に絞って,インテル株式会社 教育推進プログラム部の柳原さんにお話を伺いました。(聞き手:編集部 岡本)

 

■『21世紀型スキル』を育てる教員研修 ■

── さて,ご説明によると,Intel(R) Teach プログラムは,地域の実情に合わせた内容になっているということですが,日本では,どのような変更があったのですか。

柳原「もともとの Intel(R) Teach プログラムはアメリカのNGOとインテルで作成しました。『21世紀型スキル』を子どもたちが身につけなければならないのは,世界共通の課題だと考えていますので,その基本となるプログラムをもとに,それぞれの地域の専門家のご意見を取り入れてアレンジして実施しています。例えば,アメリカでは,タイプライターの歴史があって,日常的にPCを使われる先生が多いんですが,日本では,2001年に導入したころは,PCの使い方についてもサポートさせていただく必要がありました。そこで,もともと12の章からなる研修内容に,第0章としてPCの使い方を加えました。また,導入時の日本には,まだプロジェクト型学習という視点がなかったので,その部分はていねいに説明しました。
 なお,これまでの36時間のプログラムから,今年からは数時間のワークショップに移行しています。これにより,先生方には受講しやすくなった一方,授業案という成果物を持ち帰っていただくことはできなくなっています。」

── この研修の対象は,おもに高校の教員になるんですか。

柳原「この研修は,教授法,つまり,メソッドの研修であって,教授する内容の研修ではありません。したがって,どの校種の先生でも,どの教科の先生でも受講できます。基本的には,まんべんなく参加を呼びかけていますが,やはり,人口分布に比例して小学校の先生方がいちばん多いですね。また,研修ではプロジェクト型学習を推奨していて,教科の枠組みを超えたカリキュラムを考える場合が多いので,小学校の先生方にいちばん受け入れられやすいようです。」

―― プロジェクト型学習で多い,教科横断的な課題を設定して解決していくという手法に対して,中学校や高校の先生方は,どのような反応をされますか。

柳原「理想的にはクロスカリキュラムですが,ある教科だけでもできないことはないので,そのあたりは臨機応変に対応して授業案を作っていただいています。ご自身の学校でできる範囲で計画,実践されているようです。
 プロジェクト型学習のなかには,学校内で実施して修了というものも多いと聞きますが,最終的には社会に還元することを目標に取り組むのが Intel(R) Teach プログラムのプロジェクト型学習の特徴です。例えば,一般市民に向けたウェブページ作成など,学校を超えて社会に働きかけることが多く実践されています。」

── 授業案の具体事例をいくつかご紹介いただけますか。

柳原「Intel(R) Teach プログラムで作られる授業案には,先ほど説明した五つの視点がすべてふくまれていますが,授業案によってどの視点をクローズアップするかは多少ちがってきます。
 例えば,奈良県のある小学校では,『奈良公園の鹿を守ろう』という目標を設定し,多様な学習活動を組み込むことで,子どもたちが目標に対して主体的に取り組めるように工夫された授業が実践されました。この授業は,どういう力を身につけさせたいのかを事前に考えたうえで展開され,教室の中だけに成果をとどめず積極的に社会に還元していったり,最後に自己評価をして次のステップへつなげていったりする工夫がされているところが特徴だと思います。
 また,高校での事例として,ルーブリック評価を取り入れた授業も実践されました。これまでの評価は,生徒にはブラックボックスでしたが,到達目標を初めの段階で生徒とともに設定して明示することで,そこに向かって自分を高めていくことができるのが,ルーブリック評価の特徴です。」

── 評価を明らかにするというのは,先生にすれば勇気のいることかと思いますが,ルーブリック評価の手法を部分的に取り入れて,評価される側の,自分がどのようなことを求められているのかという疑問に応えてあげることも,ときには必要なのかもしれませんね。

柳原「この教員研修を受けた先生方に育ててもらいたいのは,『自ら考える』ことのできる人材です。ですから,先生方にも,思考停止状態にならないで,ご自身で考えてくださいとお願いしています。(笑)この研修は,正解があるわけではありません。学んだことをもとに,ご自身で考えて,成果物を作ることになるので,先生方も苦しまれることも多いようです。子どもたちも世の中に出ると解決策を模索して苦しむ場合があるでしょうから,この研修で,先生方にも少し苦しさを体験していただき,深く考える子どもたちを育ててほしいと思います。こんなに考えたことはしばらくぶりだとおっしゃる先生もいらっしゃいました。(笑)」

── プログラムでは,学習者へ投げかける質問も吟味されるということですが,カリキュラム構成質問は,具体的にはどのように設定されるのですか。

柳原「質問にはレベルがいくつかあります。まず,『内容質問』は,比較的すぐに答えが出る質問です。次に,『単元質問』は,もう少し上のレベルの質問で,決まった答えがなく,自分で考えていかなければならない質問です。そして,『本質的質問』は,さらに上のレベルの質問で,哲学的な質問になります。質問があると人間は考えますが,だんだん深く考えていけるように質問することが重要だと考えています。  例えば,これは中学校の美術での実践ですが,伝統工芸を題材にしながら,工芸品の価値は何で決まるかという『内容質問』と,文化とは何かという『本質的質問』を設定し,実際に職人さんに会ったり,工芸品のよさを発信する制作物を作ったりしながら,価値や文化について深く考えることのできる学習を構成しています。」

── ICTの活用については,どのような考え方で進められていますか。

柳原「世の中に出れば,問題をすべて自分で解決していかなければなりません。そのときに,解決する一つの手段として,ICTの活用を位置づけています。何か困ったことに突き当たった場合,ICTを活用できる人と活用できない人とでは,かなり結果が変わってくると思います。つまり,ICTの活用方法を身につけてもらうのがねらいです。  例えば,小学校1年生の生活科の実験では,子どもたちが収穫したサツマイモで料理を作ってパーティーをするときに,インターネットで情報収集したり,PCで招待状を作ったりする活動を意識的に組み入れることで,小さいころからICTに慣れ親しめるようにしています。」

── Intel(R) Teach プログラムは,世界じゅうの国々で実施されているというお話でしたが,世界的に見て,熱心に取り組まれている国や地域はどこになるんですか。

柳原「私は,会社ではアジアチームに属していますので,アジア中心に話をしますと,中国では,政府と連携してすでに100万人の先生方に受講していただきました。また,韓国でも,ICTを教育に活用することに非常に力を入れていますので,韓国の文部科学省と連携して40万人いる先生方すべてに受講していただく話が進んでいます。もちろん,インドでも積極的に取り組んでいます。日本では,どちらかというと,これまで教育には私企業は入り込みにくい風潮がありましたが,中国も韓国もインドも,よいものであれば私企業であっても活用しようとするところがあります。
 結局,教育というのは未来への投資であり,いま生きている人すべてがかかわっていかなければいけないという意識が求められますが,中国・韓国・インドなどの国々は,そうした意識が高く,社会全体としてもそれを望んでいるようです。」


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