■NPOの未来,教育の未来■
── 膨大な実践の中から,教科の事例と『総合』の事例ともに,とくにわかりやすいものを示していただけたと思います。2001年に先生が千葉大学に来られ,ご研究をNPO化して実践を積み重ねていく経緯が,時代のニーズとも合致しており,非常に勢いのあるNPOだと感じました。
藤川大祐先生 (以下,藤川)「全国のNPOの中でも,非常にうまくいっている一つだと思います。これは,私の力というよりもスタッフの力によるところが大きいですね。」
── 今後のNPO法人「企業教育研究会」について,ビジョンをお聞かせください。
藤川 「私どものNPOの今後については,大学を基盤にしているので,学生たちの教育になるかどうかがいちばん重要だと思っています。つまり,第一義的には学生たちが実際に社会の中で活動しながら研究できることのために私どものNPOはあり,学生の勉強になるように続けていきたいと基本的には思います。つくった当時の人たちの間で必要がなくなったらやめることを確認していますが,だんだんやめにくくなっていますね。企業や学校現場のニーズに誰かが応える必要があり,私どもがやってきたことの責任もあると思っています。しかし,学校は日本に何万とあるわけで,私どもだけで応えきれるものでもないというのも事実ですから,ほかのNPOや企業が同じような活動をしたいというのであれば,いくらでもお手伝いをする覚悟です。もっとほかの人たちの手よって広がる必要があるのです。投げ出すつもりはありませんが,私の本業は大学の教員ですから,これを事業化して大学の仕事よりも優先するつもりはありません。あくまでも大学で研究をし,教育をしていくなかで,社会に貢献していくのが私どものNPOのあり方だと思います。」
── 千葉大学の学生を母体としたこのようなNPOがあるということを多くの大学や教育機関が知って共感し,各地域で同じような取り組みが行われることでしょうね。
藤川「ええ。各大学で取り組んでほしいですね。学生が動かなければ,担い手がいないんですよ。うちにも専従の職員が二人いますが,非常に待遇がわるいですね。彼らは社会的使命を感じてやってくれますが,だからといって,そういう人を増やすのは非現実的です。やはり,自分が学べるというところに魅力を感じてがんばってもらうしかない部分もあるので,学生の力は必要不可欠ですね。そして,全国には教育系の大学があまたあるわけですから,もっとこういう取り組みが各大学で行われてよいと思います。また,学生時代から企業とかかわって授業をつくっている人が教育現場に行けば,学校はもっとよくなると思います。この思いをいろいろなところで話していますが,まだまだ先は長いですね。」
── 産業界も日本の教育について真剣に考えるようになりましたし,そう遠い未来ではなく,先生のお考えが広まるのではないでしょうか。
藤川「教育界よりも産業界のほうが,動きがいいですね。経団連などからもいろいろ話がありますが,社会貢献として次世代育成の教育をやっていかなければならないという認識は,ここ数年,急速に高まっているのを感じます。産業界がもう少しコーディネーター養成を視野に入れて動いてくださるというのも,一つの方向としてはあるのかなと思います。私どもはいろいろな企業に育てていただいた部分があり,学生たちも企業の方に社会人としての振舞い方や常識など,多くのことを教えていただいているんですね。今後は,新たなコーディネーターが参入しやすいように,教育貢献の経験がある企業にどんどん動きをつくってもらいたいです。」
── 教育界の現状や今後について先生のお考えをお聞かせください。
藤川「教育界がこのままではよくないということは,みなさんお感じでしょうが,学校の中だけでしか通
用しない教育は,もうだめだと思うんです。受験のためと称して覚えさせる教育がありますが,そういうことをしても,学ぶ意欲は生まれませんし,社会に出て使える力にもなりません。いわゆる基礎学力という意味では必要なのかもしれませんが,それだけでは生きてないし,基礎学力をつけるためにも動機づけは必要です。
例えば,国語でPISA型学力をつけさせるといって,テスト勉強みたいなことをしている学校があるようですが,そんなことをしても,テストのパターンを覚えるだけで,異質な文化とコミュニケーションする力が育つはずがないですね。そうではなくて,実際に大人と初対面
でも話をすることのできる機会をつくるほうが必要じゃないでしょうか。私どもは,地域社会のために,何か自分たちが伝えたいことを書いて発表する授業を読売新聞社さんと取り組んでいます。こういう方向で考えていくと,いま各教科で抱えている課題については,ほとんどが解決するのではないかと思っています。」
── 今回,教科書を学校にお届けしている立場から先生のお話を伺って,とても責任を感じるとともに,教科書のあり方についても考えさせられます。
藤川「一つ話を付け加えるのであれば,日本人は,器用さが強味だったと思うんです。手先の器用さですね。小さいものをつくることが工業でも他国に対して優位
ですね。ところが,いまの子どもたちはかなり不器用になっていると言われ,20年ぐらい前からナイフが使えないという話もありますが,はしや鉛筆もかなり心配ですし,きれいに字を書いたり図をかいたりするのもあやしい子どもがいます。相当に不器用だと思いますが,これで大丈夫でしょうか。
国際学力比較調査では,論理的に考えたりする力が問われますが,それは西洋人がもともと強かった分野です。もちろん論理的な思考は大事ですが,日本人は器用さで勝負してきた面
がかなりあるわけで,その器用さで勝負せずに論理的思考力だけで勝負するのは,かなり危険ではないかと思っています。もっと子どもたちの器用さを鍛えるような取り組みをする必要があって,先ほどの電磁石でコイルを巻くていねいさとか,数学とかできれいな図をかくとか,あるいは,細かい電子部品を組み立てるとか,いろいろなところで鍛えられると思います。
とくに理科については,手先の器用さは研究の前提みたいなところもあって,細かいものを扱うとか,実験を再現できるように行うとか,ていねいな態度を身につけなければ理科はできないのに,多くの学校でやっている理科や算数・数学はすごく雑な感じがします。一方,企業の技術者の方と接していると,ものすごくていねいですね。現在,ソニーさんとテレビの授業やCDの授業を開発中ですが,そういうことに携わっている技術者の方に学校に来ていただくと,一つ一つがていねいなんです。そのていねいさに接するだけでも意味があると思います。
ですから,体の器用さを大事にする学力形成というのも,一つ問題提起していきたいところです。理科では随所に出てくるので,もう少し体系的にできるとよいですね。」
── 本日は,NPO法人「企業教育研究会」を立ち上げるきっかけから,今後の教育のあり方,とくに日本の産業界の協力をふくめた姿について,貴重なお話を伺うことができました。お忙しいなか,有り難うございました。
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