■茨城県自然博物館ができた経緯■
─― はじめに,先生はオープンの2年前からこちらにいらして,準備を進められたということですが,オープンにいたるまでのお話を少しお聞かせください。
中川志郎先生
(以下,中川)「そうですね。ここの博物館の非常にユニークなところは,ぼくが関係するずっと前,昭和40年代から,茨城県に自然博物館をつくろうという運動があったことです。当時,昭和40年代〜50年代は
“黄金の10年”といわれるくらいに経済的なブームで,どんどん自然が失われて開発の波が押し寄せてきた。それに対して『これでいいのかな?』と思ったのは,高校の生物教師だった。自然を保護するためには何がいちばんいいだろうと彼らが考えたところ,教育だということになって,高校の生物の教師たちが中心になって,自然博物館をつくる運動を始めたわけです,昭和43年ぐらいですね。」
── その頃,先生は上野動物園でしたね。
中川「ぼくは上野動物園でしたから,そういう運動があるというのは,あとになって知ったんです。あとになってユニークだと思ったのは,博物館や公会堂や橋ができるというと,ナントカ代議士がつくったとか,ナントカ知事がつくったとか,だいたいそういうことが多いですね。それがここは,昭和40年代から平成の時代まで,博物館をつくる運動が連綿と続いているんですよ。基本的には高校の先生方がやられていて,それに茨城大学の自然系の先生が加わり,茨城県の自然を守るNPOが加わって,自然博物館建設推進連盟をつくるんですね。そのときに,すごいと思ったのは,運動を単に運動としてやっただけではなくて,どういう博物館にしたらいいのかということまで自分たちで研究して青写真をつくるんですよ。さらに,もし博物館ができたら収蔵するものがないと困るだろうということで,自分たちで茨城県から消えていきそうな動物,植物,鉱物を集めて高校の理科室などに保存していくんですよ。
だから,この博物館は,ぼくが来てから具体的にできるんですけれども,思想的な創設からいうと昭和40年代にさかのぼる。ぼくは,それがこの博物館の一つの大きな誇りだと思うんです。自然を残していこうという県民の気迫が続いたことがね。」
── ボトムアップの成果なんですね。
中川「それが20年も続くというのがすごいじゃないですか,茨城の人は粘り強いというか,いったん思い込むとずっとやるという,挫折しないエネルギーがあるんですよ。
ぼくも茨城県の出身で,上野動物園に当時いたんですけれども,博物館をつくるので教えてほしいということで,アドバイザーになったんです。平成4年からは教育長の辞令をもらって正式に来るんですが,その前からご相談に来られていた。それで,いろいろ話を聞いているうちに,「これはすごいものだ」と思い始めたわけですよ。
ぼくが上野動物園を辞めるときに,記者会見がありまして,上野動物園を卒業していちばんやりたいことは何ですかと聞かれて,ぼくは,子どもに対する自然教育だと答えているんです。ぼくが思っていたことと,茨城県の先生方が積み上げてきた自然博物館像とが結びついたんですよ。いろいろと紆余曲折はあったんですけれども,最終的にやってみようと決定して,辞令をいただいたのが平成4年ということですね。
それから,場所は,ほぼここに決まっていたんですが,決定はしてなかったんです。ここは交通が非常に不便ですよね。いまでこそ,これだけ多くのマイカーが来て不便を感じさせないですが,鉄道のアクセスとしては最悪ですね。人が来てくれない博物館は意味がない,こんな場所につくっていいのか,という考えが県庁や県議会にあったみたいです。でも,いろいろ考えてみると,自然教育が自然のない都会で行われても,絵に描いた餅になっちゃう。知識は教えられても体験を教えることができない。それは自然博物館の決定的な欠陥になってしまう。やはり本当の自然教育は自然の中でしかできないだろうという思いに至りました。ここは,沼はもちろん,雑木林があって,谷津田があって,土地が肥沃で,そういう意味では古代から人間が住んでいる里山の条件も満たしているのがいい。
あといちばんの難点は,議会が心配するように,こんな草深いところに人が来ないだろうということですね。確かに,ぼくが来たときに,草茫々で農家が点在していて,果たしてここに来るかという疑問はあったんです。ただ,アクセスが悪くても,それは,館の運営の仕方とか,館のスタッフの努力とか,結果はあとからついてくる。
博物館本館とフィールドが一体になっていて,館の中で知的な勉強をして,館の外で自然的な体験をするという,日本にあまり類例のない博物館。これは,ある意味ぼくたちの理想でもあり,先生方が20年の中で創り上げた理念が達成できたということなんです。」
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