■動きのある博物館■
── 先生は長年にわたって動物園に携わってこられたわけですが,動物園での経験がこの博物館での取り組みに役立った,先生ご自身の経験から生まれてくる考えがあれば,お聞かせいただきたいんですが。
中川志郎先生 (以下,中川)「そうですね,ぼくは博物館というものを,動物園にいる時代に理解していたつもりでしたが,博物館へ来て決定的に違うなと感じたことが二つあります。一つは,動物園は展示されている動物が自ら展示替えをするということです。長期的に見れば,生まれた子どもは大きくなるまでに,模様がなくなったり,角が生えたり,羽が変わったり,誰も手を加えないのに動物が勝手に変わるんですね。それが,来る人にとっては非常に魅力になる。
もう一つは“動”,動くということですね。例えば,カバは水の中に沈んでいて,いないと思って見ていると,二つの穴がぽこっと出る,いま見ているカバと1分後のカバは違うんですね。こう考えてみると,博物館には動物園の10分の1の人しか来ない意味がわかる。博物館は,いったん飾ってしまえば,動かない。常設展を見に来たら,1回見てしまえば『これ,この前見た』で終わってしまう。よほど勉強熱心な方でもいなければ,リピーターにはならない。これが決定的な差なんです。博物館の展示品は,学芸員やスタッフが手をかけなければ,お客さんをつなぎとめることができない。
そこで,考えたことがいくつかありまして,一つは,展示品を動かそうということです。恐竜の動くのがありますね,あれは科学博物館では邪道のように言われたんですよ。子どもには興味をもたせなくてはいけない。そのためには最初のインパクトですよ。恐竜がワーッと大きな声をあげたのでびっくりして泣いちゃった,という体験が大きくなっても残る,そういう展示が必要です。もう一つは,ハンズオンといわれる,手で触れて見るものをあちこちに置く。相手が動かなければ見ているほうを動かしてしまえ,つまり相手が動くか自分が動くか,どっちかで動きのある展示をしたい。それともう一つは,企画展を充実させる。学芸員はふうふう言っていますけれども,切れ目なしに企画展をやっているわけです。年3回は確実にやる。最近は4回目として,市民コレクション展,自分のところにコレクションがないから市民のコレクションでやっちゃおうという(笑)。けっこうくるんですよ。常設展は変わらないけれども,企画展をやることで館内の一部がドラスティックに変わっていく。
それから,オープンと同時に解説員を23名そろえたんですよ。従来そういうことはあまり考えられなかった。従来は,人材派遣会社に来てもらって,キップ切りだとか,簡単なガイドだとか,筑波の科学万博の頃にできた案内嬢のシステムだったんですね。“動かす”の意味を考えると,“物が動く”ことと“心が動く”ことがあるんですね。自分の体を動かすということと,説明によって自分の心が動くということがある。そのためには,訓練されたインタープリターが必要です。徹底的にうちのスタッフが専門的な知識を研修する,それから徹底的にお客さんへのもてなしのビヘイビアを研修する,この二つを課するには人材派遣会社ではだめで,うちで直接雇用して直接研修して直接現場に張りついてもらう。10年前には日本はそういうことに慣れていないので,オープン当日,彼女らが入口の両脇に二十数人並んで来賓をお迎えしたら,デパートのオープンじゃないかってびっくりしちゃって(笑)。しかし,いまやどこの博物館でもそうなってきました。ちがうのはほとんどのところは派遣会社です。案内はできるけれど説明はできないケースが多い。うちみたいなシステムをとるところも出てきましたね。」
── ここは博物館であるけれども,動的な魅力も味わえる工夫がいろいろされているということですね。
中川「企画展とハンズオンとインタープリター,その三つが博物館を動物園的な魅力に近づけるということです。」
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