■博物館での教育■
── 自然を対象にした学習は,そもそも楽しいものだと思います。先生は,博物館での教育をどのように考えていますか?
青木淳一先生 (以下,青木)「自然の中で見たり捕ったりして,それから博物館に来て勉強して,また博物館から自然に出て行く。博物館と自然とをいったりきたりしてほしいんです。
博物館では,ある子どもが来て勉強したいと言ったら,どんどん勉強してもらいます。それが博物館の教育なんです。その中からすごい子が出る,小数だけれどすごい子を育てられる教育ができるのが楽しいですね。実際,中学校の矢野君という生徒が土の中の生物に興味をもって一生懸命に調べていたら,図鑑に出ていないダニがいましたと言って持ってきたんです。それが新種だった。それでぼくはヤノヤワラカダニという名前をつけて発表したんです。彼の中学校には新聞社がいろいろ取材に来たそうです。彼は,国立科学博物館の『博物館の達人』に選ばれて,第1回『野依科学奨励賞』ももらいました。そういう子がどんどん育てられるのがいいですね。」
── 学校教育はいろんな教科がありますが,博物館はそうしたオールマイティーなものよりも特化した教育を目指しているんですね。子どもの興味をのばしてあげられるところに,博物館の教育のよさがありますね。
青木「ここから先は子どもに難しいからと大人は言うけれど,興味のある子どもにとっては全然難しくない。ほっとくと興味がしぼんでしまうんですよ。お父さんお母さんか,学校の先生か,博物館の専門家が,ちょっと手助けしておしりを押してあげると,すごいことをやるんですよ。」
── 自然史をテーマにして,生物の変遷や生物の多様性を中心に扱っていると思うんですが,学校でいう環境教育のような視点というのは,博物館の展示にはありますか?
青木「『自然が大事です』とか,『環境を保護しましょう』とかいうことは展示にはあまり出ていません。博物館としては,自然物に感動してもらいたい。地球というのは,こんなに緑があって,宇宙の中でただ1つ奇跡の星なんですね。かけがえのない星です。地球にはものすごい多様な何百万種類もの生物が満ちあふれている。この素晴らしさを理解したら,いやでも自然が好きになって,自然を大事にする子が育ちますよ。自然保護だの環境問題だの言わなくてもね。頭で自然が破壊されているから云々と知るよりも,心で自然の素晴らしさを感じることによって,本当に自然を大事にする子どもが育つんじゃいかと思っています。
」
── 環境教育といわれているものは,自然への感動の先にあるものなんですね。
青木「環境教育というのは,あくまでもお勉強で,禁止,我慢,善行,そういった子どもの心を押さえつけるイメージで楽しさがないんです。ところが,うちの博物館でやっていることは,楽しいこと,感動することなんですね。そこから自然保護の思想というのは自然に身につくと思っています。」
── 先ほどの「解説もあとで見せたい」という趣旨と同じで,やはり感じるところから入るのが大切なんですね。自然史系の地球博物館としては,何しろ実物を先に見てもらって,そこから環境のことについて結果
的に思いが馳せられればいいということですね。
青木「実際,生物には,衣服の原料になったり食べ物になったりするものがたくさんあるでしょ。それは自然の恵みだということを理解してもらいたい。そのために,ぼくは子どもたちを山に連れて行ってイチゴやキノコを食べさせるんですよ。山に行くときのお弁当は白い御飯だけを持って来させて,おかずは全部山で調達するからと言って,山菜やキノコを子どもたちに採らせて,それを山で料理した。すると子どもたちは,『自然ってこんなに恵みがあるんだ,素晴らしいんだ』ということを食べることで理解する。」
── 実感が伴っているという意味では,とてもいいなと思います。
青木「スーパーで買ったシイタケはきれいにラッピングしてあって,そのシイタケが小鳥のさえずる森で育ったことはわかんない。サバも,漁師が波しぶきを浴びて海で捕ってきたなんてわかんない。なんか,スーパーの裏の工場で,シイタケもサバもできちゃうような感じですが,スーパーで売っているものはすべて自然の恵みなんですよ。」
── 昔は自給自足の生活でしたものね,商業が発達する前は。
青木「『いただきます』というのは,他の生き物の命をいただきますという意味だから,食べることで初めて生き物を殺したことが許される,とぼくは思います。」
── 採集しちゃいけないと言われるとか,生き物はスーパーに並んでいるとか,生き物とのかかわりが遠くなっているから,環境教育が必要だなんてことにもなる。本来,生き物と接していれば,自然とわかるものなんでしょうね。
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