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教育研究所

№1031「またまたカタカナ語」

 最近,本を読んでいると,カタカナ語が多く出てきて閉口する。ある会に,某大学の某先生を招聘して,講演いただいた時,カタカナ語を「てにをは」で繋ぐような話で,ありがたかったが内容が全く分からなかった(内容が分からなかったのではなく,英語(カタカナ語)が分からなかったのである)という笑い話があるくらいである。

 戦後間もない頃(註:1945年8月直後という意味),漢字を排して日本語の表記をローマ字にしようとか,いっそのこと英語を公用語にしたらどうかという言うことが,まことしやかにささやかれたことがあるというが真偽のほどは分からない。

 でも,このままいくと,カタカナ語が幅を利かし,直観的に理解した曖昧な会話が増えるかもしれない。そんな兆候が,TV放送のアナウンサーの会話に,無芸タレントの話しぶりに,若者のメール表現に,表れているような気がする。日本語をもっと大事にしたい。というより,普通の日本語で会話(おしゃべり)をするようにしたい。

 前置きが長くなった。最近,恥ずかしながら「まてよ!」と確認したカタカナ語を紹介する。テンプレート(template:コンピュータデータを作成する上で,文書を作成する雛型),シラバス(syllabus:教師が学生に示す講義や授業の計画),レジュメ(resume:論文の要約),アジェンダ(agenda:行動計画)。「そんなことも知らないの...?」なんて言わないで。(H&M)

(2019年8月6日)