教育研究所
No.361 「兄の制服」(2013年11月27日)
教え子とのクラス会で,私はある母親から,「兄弟」の胸が押しつぶされるような切なく感動的な話を伺いました。
それは,母として悲嘆に暮れた切実な出来事でもあるのですが,紹介することにします。
ことは数年前に遡ります。
中学校へ入学して間もなく,兄は,いじめなどが原因で自宅に引きこもるようになりました。
家族は,彼をなんとか立ち直れるよう一生懸命でした。
しかし,思いとは逆に状況はうまく改善しません。
家族の心配や苦悩は続きました。とりわけ母親は,ひと一倍心労を重ねました。
そのかいもあってか,彼は,特別支援教室に通うまで回復し,高校に進学するまでになりました。
しかし,高校入学後,すぐに不登校に陥り,自ら命を絶ってしまうという悲しい出来事が起こってしましました。
家族は,途方にくれた毎日を送らざるを得ませんでした。
特に,兄を慕っていた弟のショックは,まわりから見て分かるほど痛々しく見えました。
その弟が,兄と同じ中学校に入学したときの出来事です。
入学後,少しすると,彼は自分の制服から,兄の形見である制服に変えて登校をはじめました。ぴったりでした。
その上,兄の持ち物であったカバンも肩にかけ学校に行くようになりました。
そして2学期に入り,校内合唱コンクールの時期になったころ,「今日,指揮者に立候補して選ばれたよ!」と家族に告げたのです。
実は,亡くなった兄は,音楽が大好きで,児童合唱団に入って活躍をしていました。
弟としても影響を受けないはずはありません。
発表会には,いつも家族揃って聴きに行き楽しんでいました。
小さな胸を痛めていた彼は,ほとんど中学校に行けなかった兄と「一緒に中学校生活を送り,卒業したい」と心に決めていたのです。
母は後になって,担任の先生から弟の思いを訊き,事実を知ることができたのです。
指揮者に立候補したのも「兄の分もと考えてのこと」だったのでしょう。
合唱コンクールで立派に大役を果たした彼の勇姿が目に浮かびます。
私は,胸を打たれ瞼が熱くなりました。
そして,彼が中学校を卒業するとき,お母さんと再び会う約束をして帰途についたのです。(H.H)