教育研究所
No.345子どもを見守る目としての一考察(2013年03月04日)
昨年の秋,少年院での指導の経験をもつ広島大学大学院の落合敏郎教授の講演を聴く機会を得た。
その時の話が大変興味深く,私たち教師にとっても共感できる内容だったので,私なりの解釈で紹介する。
少年院の教官の心構えで最も大切なことは,入所してきた子どもの「心理への訴えかけ」を行い,まずもって信頼関係を築くことにある。
一般の学校教育との違いは,心の矯正を行い社会への復帰を実現させることが目的になるからだ。
再入所などがあれば,教官として「裏切られた」などという生易しい情況ではなく,自分自身への力不足など厳しい自責の念に苛まれるという。
以下に落合教授の実践の一部を書きとめてみた。
教官は教師というだけではなく,入所した子どもたちの父であり母ともなる。
1日24時間,子どもを見守り心の矯正を促すのが目的であるから,苦慮することは,この子に対して「自分の子どもに同じことを言えるか。
自分の家族に対し同じことが期待できるか」などの葛藤から始まる。
その上「子どもは,自らの力で立ち直ること」が重要であり,そのことが決して教官自身の指導力によってだなどと過信することはあってはならない。
教官には,彼らに対し,きらりと輝く個性ある人生のよき手本となることが求められる。
また,教官は,子どもの生い立ちを理解することから心の矯正の教育は始まるという。
非行の多くの原因は,家庭生活環境に起因しているという。
例えていうなら,私たち教師の悩みでもある子どもの学習困難などの課題が,子ども自身の生活環境による場合も多くあることを想起した。
その上で,「子どもへの指導は太鼓を叩くがごとく,強弱合わせもつべし」と,心に念じていたという。
入所する理由は,様々子ども独自の理由があり,一人一人への対応は,その必要性やその子どもの能力等の違いを考慮しながら進めなければならないからだという。
私たち教師にも,このことはよく理解できる。
また,教官は個別指導だけではなく,集団指導を多く行っている。
そのために,「風通しの良い集団作り」を大事にしているという。
風通しがよいということは,「集団場面では一人の子どもに関わらず,規範意識やルールを重視し集団を動かすことに専念」し,自律的・自主的な集団作りすることだという。
平等に子どもたちを扱い,特別扱いをすることはしないことが,風通しのよい集団ということになる。
特に,少女院では,後でいじめに遭ったりすることがあるので,特定の子どもに,特別に話しかけないことが重要であったと話されていた。
学校教育でも大切なことであるが,教官としての心がけの大切なことに「心のアンテナを高くもって,子どもたちへは,五感を敏感にしながら眼を離さない」ことが要求されたと話された。
少年院におけるマニュアルは,大切にしたが,何よりも自分自身の目で確認し対応することが,子どもとの信頼関係を築く要因であったとも話されていた。
少年院の教官という職業としての厳しさを深く教えられたが,どのような場合においても子どもたちの自尊感情を大切にする指導は,私たち教師においても立場こそ違うが,視点・観点からは同じである。
学校教育に携わる教師と相い通じる重要な姿勢を学び,私自身,あらためて,「教師になる」と思った学生時代の原点を思い起こす貴重な講演であった。(H・H)