教育研究所
No.325 伝えるということ(2012年04月06日)
私たちの日常のコミュニケーション活動は,「伝えること」と「伝わること」から成り立っている。
そして,その伝えたい内容が,相手にうまく伝わっているかどうか気になったりもする。
教師として,伝えられることができたと感じながら教育活動を続けていけるのは,子どもたちに反応があり,それに伴った行動があるからであろう。
学級担任として生活指導に苦労しながら,教育活動を進めていた頃のことである。
「今日,話したこと,子どもたちにうまく伝わったかしら」と思い悩むことがしばしばあった。
自分なりに,伝えるための努力をしているつもりであった。
「分かりやすく話そう」
「いろいろな例をあげて話そう」
「これまで学んできたことを思い出せるようにして,新しいことにつなげよう」
「写真や実物を用意しよう」
「言葉の意味を確認しながら話そう」
「子どもたちの表情を見たり、理解しているかどうかを確かめながら話そう」
「思いを込めて話そう」
「声の質やテンポは大丈夫かな」
等々である。
授業中でも子どもたちにきちんと伝えたいのに,伝わらないことがある。
「教師が一所懸命になって伝えようとしているのに,子どもが(別の理由があり)聞く気になってない」
「話す内容が難しい」
「興味がない」
「教師に対して信頼関係がない」
等々である。
これらの事例に関しては,その場を把握して,その場面に応じた対応をする必要がある。
また,伝わったかどうかわからないときもあった。子どもたちの反応が見えにくいときである。
この場合,反応が見えないから伝わっていないのではなく,きちんと受け答えができずにいるだけのことも多い。
教師から発信した言葉に対して,どんなリアクションをしても安心できる教室の中でしか反応できない子どももいる。
子どもは,どんな発言や行動をしても,教師が自分の安心につながる対処をしてくれるかどうか不安なのである。
「教室は学びの場だから,間違って当たり前」というだけでは解決しない。
教師は,子どもがとった発言や行動に,きちんと誠実に対処しているかが問われている。的確に評価しているかも問われている。
「伝えるということ」は,伝えた結果に起こる反応に,きちんと責任をもつことである。
そのことが,コミュニケーションを円滑にするからである。(K・T)