教育研究所
No.283GAMAN(2010年03月19日)
2010年は,1月12日にハイチ大地震,2月27日にはチリ大地震と,海外での天変地異に世界中が大きな不安に覆われました。
チリ大地震では,50年前を繰り返すのかと思われるような津波警報がわが国でも全国に発せられ,警報体制に見る科学の進歩と,それでもなすすべもない自然の驚異を感慨と緊張を持ちながら情報に釘付けになったものでした。
放送の現地映像を見ながら,「TSUNAMI!」と叫ぶチリの人々の悲鳴に胸を痛めつつ,「あ,そうか。<つなみ>は世界共通語となった日本語だった」と,数年前のインドネシア大津波の災害を思い出して,改めて地震大国のわが国を振り返る思いでした。
さて,日本発の国際語として最近は,「MOTTAINAI」を定着させようとして地球温暖化への警告と対応意識の醸成が図られていますが,「TSUNAMI」にまつわって思い出されたのは「GAMAN」と「SHIKATAGANAI」でした。
1995年1月17日に発生した,そう,阪神淡路大震災のニュースを流す海外の報道で,ローマ字で紹介された日本語がこの二つだったのです。
ハイチやチリでの災害後のニュースを見ると,どちらも政府が最も苦心したのが治安の維持だったことが繰り返し報道されました。
暴動や略奪,それに伴う放火や殺人,銃を持つ,自警団を結成した人々を見ながら,自然災害がもたらす二次災害が,まさに人災であることを強く感じさせられました。
実は,阪神淡路大震災の後,世界中のメディアが驚きとともに報道したのが,略奪や暴動がまったく発生しないこと,むしろ,食料品店などが,「こんな際だ,もって行って」と被災者に商品を配っている様子だったのだそうです。
この,日本人の心遣い,奉仕的な心性,災害を受け入れてともに耐える優しい連帯の姿が,ニュースとしての大きな価値を持っていたというわけです。
その心を表す日本語が,ローマ字で表されて「GAMAN」と「SHIKATAGANAI」であると世界に発信されたのです。
もちろん「GAMAN」は辛抱強さですし,「SHIKATAGANAI」も単なる諦めではなく,誰のせいでもない,再びここから立ち上がろうとする,人の強さにつながる言葉でしょう。
世界がこの言葉に驚きと感動を持って発信したというのは,とりもなおさず,日本人の本質をその言葉に見たからにほかなりません。
つまり,民族性として,長い伝統,文化の積み重ねのうえに,略奪も暴動も起きない,この優しい連帯社会が現出しているといえます。
当然,民族性は父母,その父母,さらに・・・という遠い祖先からの流れの中で培われてきたものですから,受け継ぎ,伝えていく「生きる力」の本道にあるものといっていいでしょう。
前任校の卒業関連行事に招かれ,卒業する児童の6年間のがんばりをたたえつつ,この言葉を贈りました。(H.I)