教育研究所
No.422「植物が生き続ける戦略」(2015年5月8日)
1年間の内5月と9月は1年間で最も花の多いよい季節ですので,小学校5学年と中学校1学年理科の「花の作りと受粉」の学習に大変適した時期と言えます。5月にはアブラナやツツジ,エンドウなどの花が手に入りやすく,大きさや花の仕組みが観察や実験に適しています。9月は,アサガオやヘチマ,カボチャなどが適しています。
受粉の実験は,雌しべに筆などで花粉を付けたものと付けないもの(雄しべを除く)を複数用意して,ビニル袋をかけて実験しますが,時々花粉を付けなかったのに果実(種子)ができることがあって混乱します。アサガオなどがその例ですが,雄しべを早めに除かないと自分の花粉を雌しべに付けてしまう,つまり「自家受粉」してしまうのです。これを防ぐには,アサガオが固いつぼみのときに,カッターナイフで花弁をそっと切り開きピンセットで雄しべを取り除いてビニル袋をかけておきます。
この「自家受粉」は,植物が生き残ることとどんな関係があるのでしょうか。花を付ける植物は,今から1.5億年前のジュラ紀の終わり頃,シダ植物から進化する形で出現し始めました。初めは雄の花と雌の花が個々に出現し(単性花),やがて1個の花が雄しべと雌しべを有する「両性花」に進化しました。その間に花粉を運ぶのは風や水の他に虫も担うようになりました。他の花から受粉(他家受粉)できることから,両親から異なる遺伝子を受け継ぐことができるようになり,生き続けるための能力や適応力が格段に向上しました。植物のまわりの環境が急に寒くなったり乾燥したり日陰げになったりした場合でも,両親のどちらかの能力や適応力を駆使して生き続ける可能性が出てきました。
しかし,植物は現在も「自家受粉」の能力を失わず,盛んに行っていると言われています。「自家受粉」をすると1人の親の遺伝子のみしか受け継ぐことができず,生き続けるための能力や適応力が向上しません。これは「近交弱勢」と言いますが,それなのになぜ自家受粉を続けているのでしょうか。
それは,他の花から花粉をもらう「他家受粉」の危険性が原因です。他の花から花粉をもらうためには,虫や風,流水で運ばれる必要がありますが,運ばれない危険が常にあります。また,年によって花粉を生産する同種の花が,圏内に少ないという危険性もあります。さらに,受粉の時期2~3週間悪天候で,虫や風が運搬できない危険性もあります。
植物は,この危険性をよく理解していて「自家受粉」の能力を維持し,現在でも盛んに行っています。ただ,「自家受粉」もリスクがあります。1人の親の遺伝子のみしか受け継ぐことができないことや「近交弱勢」の弊害により,生き続けるための能力や適応力がマイナスになります。
植物は,「他家受粉」の有利さを活用しながら,そのリスクを「自家受粉」によって補い,また,「自家受粉」のリスクが表出しないように配慮するという,絶妙な均衡の上で生き続ける戦略を持って生きています。(Y・H)(2015年5月8日)