教育研究所
No.534「水と生命」(2016年3月4日)
(1)はじめに
3月に入り全ての命あるものが動き出す気配を感じ,わくわくした気持ちが抑えきれません。聖書の一節に「御言葉は神とともにあった。御言葉は神であった。」とありますが,これを生命と水に置き換えると「水は生命とともにあった。水は生命であった。」となります。今回は生命が存在できる条件について,考えてみたいと思います。
宇宙を観測する最新の機器の急激な進歩により,1世紀前とは比べものにならないほど惑星や宇宙についての知識が獲得できるようになりました。しかし,人類の長年の関心事の一つである「地球上の生き物」と同じような生き物が,他の惑星や宇宙に存在するかという問題は解決されていません。
(2)生き続ける環境
生き物が生き続けるためには,生き物自身の生き続けるシステムが重要ですが,周りの環境がさらに重要です。周りの環境がどのような条件であれば,生き物は発生し継続して生き続けられるのでしょうか。
生き続けられる環境の条件は,適切な温度や湿度でしょうか,呼吸ができる環境でしょうか。栄養を摂取できる環境でしょうか。生き物が生き続けられる地球は,これらの条件が一応満たされているのですが,そのキーになる物質は「水」ではないでしょうか。小学校3学年と中学校1学年では,水の三態「固体(氷)・液体(水)・気体(水蒸気)」の学習をしますが,生命が生き続けるために「水」はどんな役割を果たしているのでしょうか。
(3)液体の水
人間を例に挙げると,食べ物は水溶性の物にして,胃や腸から液体の血液に取り入れます。酸素は肺から血液に取り入れられ,栄養とともに体内の各臓器や筋肉に運ばれ様々な化学反応を起こし,複雑な物質やエネルギーを生産します。活動後の老廃物も水分とともに排出されます。ここでは,水は物質を溶かす「媒体」として機能していますが,これが水の固体ではうまくいきません。固体では溶質を溶かすことも素早く移動させることもできにくいのです。また,気体の水では分子の密度が低すぎて,物質を効率よく出入りさせることが困難です。生命が生き続けるために「液体の水」が適切な機能を持っていると言えそうです。(以上は小学校6学年と中学校2学年の学習)
植物の例を見てみましょう。無機質の栄養(窒素・リン酸・カリ)は水に溶けて根から吸収され,植物体の道管によって各部に運ばれます。一方,葉では水が水素と酸素に分解され,酸素は排出され,水素と気体の形で吸収された二酸化炭素が光を受けて,複雑な化学反応である光合成により,有機質の養分(デンプン)が作られます。養分と水分は維管束によって体内に配分され生命の維持が継続されます。これらのことも「液体の水」の働きであると言えそうです。(以上は小学校6学年と中学校1学年の学習が関連しています。)
(4)身近な液体
生命の維持に「液体の水」の働きが有効であることが分かりましたが,「他の物質の液体」ではだめなのでしょうか。身近な物質で液体と言えばガソリンや食用油,アルコール,軽油などですが,水と異なり炭素と水素でできています。これらの液体は水より低い温度で気体になります。例えばアルコール(メタノール)は65℃で気体になってしまいます。低い温度で気体になると生命維持の温度の範囲が狭く,生命の維持には不利になります。水は平常の気圧では約0℃~100℃まで液体ですから,生命維持の範囲が広いのです。
また,ガソリンや食用油,軽油などは他の物質を溶かす力が液体の水より劣ります。水の分子は水素2に酸素1がくっついたものですが,水素はプラスの電気の性質,酸素はマイナスの電気の性質をもって電荷に偏りがあります。このような分子を「極性分子」と言い,水自身の分子同士の結合が固い反面,他の極性分子をもった物質をよく溶かすのです。「液体の水」が他の物質を高い濃度でよく溶かすことにより,生命体の中で多様な化学反応が可能になり,複雑で高度な生命維持の活動が可能になります。
(5)「液体の水」のある惑星
「液体の水」が存在するのは,今のところ太陽系の惑星では地球だけだと考えられています。「液体の水」が存在できる条件は,温度と圧力の関係によって決まります。温度は約0℃以下では固体(氷)になり,約100℃以上では気体(水蒸気)になります。しかし,圧力が高い場合は100℃を超えても液体のままで存在できます。逆に6ミリバール以下の低い圧力では,温度が上がると氷は水にならずに直接水蒸気に昇華してしまいます。地球の平均気温が約15℃ですから,太陽系では稀なことですが「液体の水」が存在しています。
地球の隣の火星では,大気圧が6ミリバール以下ですので,氷は全て気体になってしまいます。やはり地球の隣の金星では,表面温度が約460℃ですので水は液体では存在できません。木星の衛星である「エウロパ」の地表の氷の下に水の層があるのではないかと言われていますが,まだよく分かっていません。
(6)平均気温15℃の均衡
「液体の水」が存在できる惑星の条件は,どんな条件でしょうか。一言で言えば惑星に達する「太陽放射」の熱量と惑星から出る「惑星放射」の熱量の均衡が,上の地球のような条件の範囲内にあることです。「太陽放射」の熱量は,「太陽からの距離の2乗に反比例」するので,太陽から遠い惑星は全球が氷に覆われた「全球凍結状態(スノーボール)」になります。逆に,太陽に近い惑星は地表から多くの水蒸気が蒸発し「温室効果」が強くなり過ぎ,液体の水は存在できず「暴走温室状態」になります。幸いなことに,地球は太陽からの距離が絶妙な位置にあると言えます。地球のもう一つの幸運は大気と雲の存在です。
もし,地球の大気や雲が何らかの原因で宇宙に吹き飛ばされてなくなると,昼の地表は数百℃になり,夜は-数百℃になるかもしれません。大気や雲があるために「太陽放射」の熱量の30%はカットされ,逆に「惑星放射」の赤外線の熱は,大気に吸収され,宇宙に全てが逃げず一部が保存されるのです。地球の大気には幸運なことに水蒸気や二酸化炭素などの高い温室効果をもたらす気体(温室効果ガス)が含まれているために,平均気温15℃を実現しているのです。太陽からの地球の適切な距離と温室効果ガスの存在が,液体の水の存在を許し,生命を発生させ存続させる条件になっているようです。
45億年前に太陽系の惑星が誕生する際,幸運なことに海が誕生し液体の水の中で生命が誕生し,絶滅と進化を繰り返し現在に至っています。このことは宇宙全体においても地球の自然界においても,ものすごい偶然であり幸運です。私たちは,この偶然と幸運を私たちの世代で損傷することなく,未来の世代に受け渡したいものです。(Y・H)