教育研究所
No.550「民具という名の道具」(2016年3月29日)
「多摩のあゆみ」という地域限定の季刊誌(公益財団法人たましん地域文化財団)で,特集「民具にみる社会」(平成28年2月15日)を組んでいる。
戦後間のない頃,実家では,猫の額ほどの畑を耕し,小規模の養蚕をおこなっていた。子どもも小さな労働者だったので,当然の如く色々な作業の一部を任された。本誌を読んでいて,「民具と言うけれど,それは農業と養蚕の不可欠な道具のことだ」といちゃもんをつけつつ,その当時を懐かしく思い出した。
蚕の繭から絹糸を紡ぐのは,はじめは手引き法と言うやり方をしていたが,長野(信州)から来た指導員の勧めで,手作業ではあるが「座繰り製糸」と言う随分便利な方法になっていった。おふくろが,「あ~,楽になって助かる」と言っていたのを思い出す。もちろん,子どもの仕事は,絹糸を紡ぐ難しいことではなく,道具の片づけや掃除くらいだった。
米や麦の穂からモミにするのはまた大変な仕事だった。「千歯扱き」と言う道具があって,歯の間に穂をはさみ前にひくとモミが簡単に取れるという優れものである。これは,子どもにもさせてくれて,楽しみながら手伝ったものである。やがて,行商人から足で踏みながら回転する部分に穂をあてがえばもっと楽にできる道具を買って,さらに便利になった。そうなると,この仕事は子どもに任されるようになった。
クワとスコップ,鎌くらいしかない時代の畑の耕し,農薬はないので除草も,害虫駆除も全て手作業の時代だった。親父が腰が痛いと膏薬を腰に貼っていた姿を思い出す。
現在は,比較にできないくらい便利な世の中になった。でも,もっともっと進歩し,今の状況が何と手がかかったことかと回想されるようになるのだろうか? (H・K)
(2016年3月29日)