教育研究所
№600「理科・生活科の植物教材の進化」
小・中学校の生活科と理科で扱っている植物教材は多様です。これらの植物は植物の分類の世界ではどのような位置にあり,進化の過程ではどの段階にあるのでしょうか。
先ず,小・中学校で扱われている植物の種名と学習内容を簡単に振り返ってみましょう。小学校1年生は生活科でアサガオを育て,育つ順序と世話の仕方を学び発芽や開花に感激します。2年生はヒマワリや野菜類を育てることが多く,収穫祭にお料理のパーティーを楽しみます。
3年生は,オシロイバナやホウセンカを育て,サクラ等を観察し,育つ順序や植物体の構造を学習します。また,野外で多様な野草を観察して環境と植物の生育の関係について学習します。4年生は,ヘチマやゴーヤを育てることが多く,植物の発生・成長・開花・結実・生命の連続と気温の関係について学習します。5年生は,アサガオやカボチャを教材にして,植物の発芽と成長の条件を調べ,花の構造から受粉と種子のでき方の関係を学習します。6年生は,インゲンマメやジャガイモを使って光合成の条件を探求し,ホウセンカやツユクサを使い植物体内の維管束や気孔の役割を調べます。
中学校1年生は,タンポポやアブラナ,ヤエムグラ,カタバミ,マツ,スギナ,ゼニゴケ等の野草を観察し植物体の構造や分類について学習し,種子植物の仲間と種子を作らない植物の仲間について学習します。中学校2年生は,ムラサキツユクサやオオカナダモ等を使い植物の細胞の構造と働きについて学習します。中学校3年生は,タマネギ等を使い細胞分裂と染色体の観察を行います。
上に挙げられた植物だけでも約20種ありますが,実際はこの2~3倍の植物を教材として扱っていることでしょう。これらの植物を分類体系に基づいて分けてみますと,次のようになります。この分類体系は1900年頃にドイツのエングラーが提唱し,その後改良が加えられて今日まで世界の国々で採用されてきた分類体系です。
1 種子を作らない植物(胞子を作る)
(1)コケ植物(根・葉・茎の区別がない)~ゼニゴケ,スギゴケなど
(2)シダ植物(根・葉・茎の区別がある)~スギナ,ゼンマイなど
2 種子植物(種子を作る)
(1)裸子植物(子房がない)~マツ,イチョウなど
(2)被子植物(子房がある)
① 双子葉植物(子葉は2枚)
ア 離弁花類(花弁が離れている)~オシロイバナ,ホウセンカ,サクラ,ヘチマ,ゴーヤ,カボチャ,インゲンマメ,アブラナ,カタバミなど
イ 合弁花類(花弁がくっついている)~アサガオ,ヒマワリ,ジャガイモ,タンポポ,ヤエムグラなど
② 単子葉植物(子葉は1枚)~ムラサキツユクサ,オオカナダモ,タマネギなど
小学校では,種類数が圧倒的に多く日常生活で目に触れる機会も多い双子葉植物を中心に扱い,中学校でそれに加えて単子葉植物や裸子植物,シダ・コケ植物も扱って,学習の内容を深めかつ広めてていることが分かります。
水中に生育していたアオサやワカメ等の水草のご先祖が陸上に進出したのは,4億5千万年前頃と言われています。ゼニゴケ,スギゴケ等のコケ類のご祖先は,この頃出現したようです。スギナ,ゼンマイ等のシダ類のご先祖は4億年前頃に出現し,その後恐竜とともに地球上に大繁殖しました。マツやイチョウ等の裸子植物のご先祖が,シダ植物から進化したのは3億5千万年前頃と言われ,それから約2億年後にサクラやアサガオ等の被子植物のご先祖が裸子植物から進化しました。現在,小・中学校で扱っている植物は4億5千万年の歴史があり,被子植物の歴史だけでもご先祖から1億5千万年も経て今の姿に進化してきたことになります。
4億5千万年の間に新しい多くの植物が,突然変異や環境に適応する形で生まれてくると同時に,多くの植物が環境に適応できず絶滅していったものと考えられています。人類のご先祖のホモ・サピエンスの出現は約40万年前と言われていますが,そのことと比較すると植物の進化の歴史の長さにはただ驚くばかりです。
最も進化した植物(最も後から出現した植物)は何でしょうか。エングラーの分類体系では,双子葉植物では合弁花類のタンポポやヒマワリ等のキクの仲間であると言われています。単子葉植物では,キンランやコウチョウラン等のランの仲間である考えられています。原始的な植物は(早期に出現した植物)は,コケ植物やシダ植物,裸子植物ですが,被子植物ではスイレンやモクレンの仲間が原始的であると考えられています。双子葉植物と単子葉植物は同じご先祖から分かれたので,進化の程度は同等と考えらてきました。
進化の程度を測る根拠として挙げられている説は10数項目ありますが,2~3の例を挙げますと,①花弁や雄しべの数や配列が一定したものは進化しているが(3とか5に一定),不定な場合原始的な形質を持った植物(スイレン,キンポウゲなど)。②花弁や雄しべの配列が輪状のものは進化しているが(サクラ他多数),らせん状のものは原始的な形質を持った植物(モクレンなど)。③花弁などが合着しているものは進化しているが(合弁花類),離れているものは原始的な形質を持った植物(離弁花類)等が根拠とされています。
植物は4億年5千万年間に,根や葉,花,果実(種子)などを作り出し,次々と生存に有利な体型と機能を獲得して生き延びてきました。児童・生徒に植物教材を指導される際,以上の話題に触れながら指導されるのも意義のあることと思います。
しかし,20年前頃から,ヨーロッパを中心とする分子遺伝学に基づく分類体系(APG分類体系)が提案され,上のエングラーの分類体系は,現在このAPG分類体系に移行しつつあると言われています。特に大きな変更は,裸子植物から被子植物に進化する際,単子葉植物と双子葉植物に分かれたのではなく,先ず,裸子植物から原始的な被子植物(スイレン,モクレン,クスノキ等)が進化し,原始的な被子植物から単子葉植物(イネ,ユリ,ショウガ等)が生まれ,単子葉植物からさらに進化した双子葉植物(マメ,バラ,ナデシコ,キク等)が生まれたとする単線型の進化をしたとする説です。
小・中・高校・大学の学習内容や教科書,植物図鑑,科学博物館の展示内容,標本館の構成等が徐々に変わっていくものと思われますので,関心を持って見守りたいと思います。
(Y・H)
(2016年9月21日)