教育研究所
№628「理科における「主体的・対話的で深い学び」(3)~No611の続き」
1,新しい学習指導要領の理科の目標
現行の学習指導要領の理科の目標は簡潔に3行で表現しているが,新しい目標は「資質・能力の3つの視点」から整理し7行で記述されている。
「自然に親しみ,理科の見方・考え方を働かせ,見通しをもって観察・実験を行うことなどを通して,自然の事物・現象についての問題を科学的に解決するために必要な資質・能力を次のとおり育成することを目指す。」
(1) 自然の事物・現象についての理解を図り,観察,実験などに関する基本的な技能を身に付けるようにする。
(2) 観察,実験などを行い,問題解決の力を養う。
(3) 自然を愛する心情や主体的に問題を解決する態度を養う。
3つの視点は「理解・技能」「問題解決の力」「自然を愛する心情・解決する態度」であり,総合して「科学的に解決するために必要な資質・能力」を育成することとしている。
2,主体的・対話的で深い学び(アクテイブ・ラーニング)の実現
「科学的に解決するために必要な資質・能力」は,どのような授業によって育成できるのだろうか。単に自然界の知識を獲得するだけではなく,自然界の問題を自力で解決する方法や手立てを身に付け,合わせて思考力や判断力,表現力を育成し,その過程で自然を愛する心情や積極的に問題を解決する態度を養うことが求められている。
「理科の資質・能力を育成する」有力な方法は,長い間「問題解決学習」や「課題解決学習」であるとして研究・実践され効果を上げてきた。今回新たに発展する形で「主体的・対話的で深い学び(アクテイブ・ラーニング)」が提案されたが,今までの実践や研究の上に積み上げる形で,さらに充実した学習を実現したい。「主体的・対話的で深い学び」を達成するための授業は,次の条件を満たすことが必要になる。なお,「深い学び」については,ここでは科学的な知識や技能を深めるという意味と科学的に解決する手立てを深めるという意味で使うことにする。
(1)「理科の見方・考え方」の理解
授業に入る前に教師は,「理科の見方・考え方」を理解し,学習全体の科学的な知識について理解しておく。例えば,電磁石の単元では「量的と関係的視点」から磁力は電流の量やコイルの巻き数,導線の太さにより影響を受け,磁力の方向は電流が流れる向きに規定されるなどの内容等である。
(2)「 主体性や対話力」を養う場面の設定
児童の主体性や対話力を養うために,単元のどの場面で力を発揮させるか場面の設計をしておく。例えば,問題作成~予想(仮説)の立案~観察・実験の実施~考察~結論~発展・適用の各場面における主体性や対話力育成の設計をしておく。
(3)「科学的な方法と技能」の想定
児童が,学習の過程で問題を解決するための科学的な方法を身に付けるために,上の各場面で児童がどんな方法や技能を採用して活用するか教師は予め想定しておく。例えば,比較・総合,関係の吟味,原因と結果,統計的な処理,条件を制御した観察・実験,複数の事実関係の解釈,推量や推論,メタ認知化(客観化)等の科学的な方法と技能である。
(4)「問題づくりの場面」の設定
単元当初の問題づくりは,どんな観察・実験の学習活動により児童に問題づくりを促すのか計画を立てておく。例えば,6学年の「てこ」では1,5m位の実際のてこを使い,児童は5kgの土嚢を持ち上げる実験を経てから,この実験から「分かったこと」と「さらに調べてみたい事」を話し合い箇条書きにする。「調べてみたいこと」を精査して学級の「問題」として各班で追及する。
(5) 単元全体の「学びの深さ」の想定
単元に入る前に学習活動全体でどのような教材・教具,視聴覚機材を使用するか決めておく。さらに,「学びの深さ」をどのぐらいまでにするか,児童の実態・実力を勘案して想定しておく。例えば,上の「てこ」の例では,支点が外にあるてこや輪軸まで探究の対象にするかどうか等は,前もって計画に入れておく必要がある。
3,主体的・対話的で深い学び(アクテイブ・ラーニング)の単元の学習例
『6学年てこの単元学習例』
(1)問題作り~上記の(4)の例のように問題づくりをする。
(2)実際の「てこ」による追求
作成した問題に沿って初めに,「5㎏の土嚢を楽に持ち上げるにはどうするとよいか?」を追究する。 3~4人班で話し合いながら追及し,①支点と力点の間を長くするとよい。②支点と作用点の間を短くするとよい。③最も楽に上げられるのは,支点と力点の間を長くし,支点と作用点の間を短くする方法であることを明らかにする。
(3)実験用「天秤」による追求
支点,力点,作用点の相互の関係が理解できたところで,支点が中にある「天秤」が釣り合う条件を追究する。右側の腕の長さと重りの重さを様々に変え,釣り合う条件を左の腕の長さと重さから見つける実験を繰り返す。実験結果から班で話し合い,釣り合う場合の妥当な条件と数式([右]腕の長さ×重りの重さ=[左]腕の長さ×重りの重さ)を見つける。
(4)社会生活の中で使用されている「てこ」を探し探究
① 社会生活の中の「てこ」探し
児童の家庭や社会生活の中で使われている「てこ]を探す。児童はシーソー,鋏み,爪切り,くぎ抜き,缶切り,ペンチ,ニッパー,ピンセット,トング,ドライバー,ドアの取っ手等を探してくる。各班で何分の一の力(または何倍の力)で動かせるか「てこの規則性」を適用して計算する。児童はピンセット,トング,ドライバー,ドアの取っ手等は,学習した「支点が内にあるてこの規則性」が適用できないことに気付く。
② 支点が外にあるてこの探究
教師はピンセットとトングの支点,力点,作用点の3点の関係に付いて考えるよう勧め,児童は視点が内ではなく外にあることに気付く。改めて「てこの規則性」が適用できないか聞くと児童は力点と作用点が左右に分かれてあるのではなく,同方向にあることに気付き,計算の方法を考える。ピンセットとトングの力点にかかる力を計算し,いずれも支点から力点より作用点までの長さが長いために,余分な力が必要なことを計算で見つける。
③ てこと輪軸の共通性の探究
ドライバーやドアの取っ手を図解して,てことの共通性がないか探すよう勧める。児童は回転部分の半径がてこの腕の長さと同じことを見つける。さらに,回転部分の半径(A)と半径(B)の長さをてこの腕の長さとして,「てこの規則性」が当てはまることを見つけ,てこの計算式を当てはめれば計算できることを知る。計算の結果ドライバーやドアの取っ手は,8~10倍もの力を得ていることを知る。学習の終わりにこの道具は,「輪軸」と呼ぶことを知らせて終わる。
以上が「深い学び」の例であるが,1つは「てこ」に関する知識と技能をどんどん深める学習であり,もう1つは探求する手立てや適用する規則性を次々新しい場面に適用し深めるところにある。両者の学びを深めることによって,児童の科学的に解決するために必要な資質・能力を育成することができると考える。
他の単元や理科教育全体においても,「主体的・対話的で深い学び」を実践して「理科の資質・能力」を育成したいものである。(了)
(Y・H)
(2017年3月17日)