教育研究所
№742「イチョウは化石の木?」
校庭や公園を黄色に染めて,秋の深まりを知らせているのはイチョウやプラタナス,サクラ等です。イチョウの圧倒的な黄金色の並木道は,東京の明治神宮外苑や八王子市高尾の甲州街道が有名ですが,プラタナスやサクラと比較するととても古い時期に出現した植物です。
イチョウが,いかに古い植物であるかを示す形質が残っています。一つは葉の脈の形にあります。イチョウの葉を手に取って,空にかざして葉脈を見てください。葉脈がYの字になっていることが分かります(写真1)。プラタナスやサクラの葉脈は,細かい網状になっていますが,これは大変進化した葉脈です。葉脈がYの字をしている原始的な植物は,現在ではシダ植物のみです。シダ植物は3.5億年前頃に出現し,花も種子もつけずに現在まで生き延びてきた植物です。イチョウが出現したのはその後の2.5億年前ごろです。サクラ等が出現したのは6千万年前ごろよりずっと後のことですから桁違いに歴史が異なります。
イチョウが古い植物である形質の二つめは,花にあります。イチョウは雄の木と雌の木に別れていますが,花にはがくも花弁もなく,雄の木の雄花(写真2)はただ花粉を作る葯(袋)だけがある原始的な形をしています。雌花(写真3)もがくや花弁がなく,将来種子になる2個の胚珠のみがあります。サクラの花と比較するとその原始的な様子がよく分かります。ご案内のように桜の花は,外側からがく片5個,花弁5個,雄しべ25~30個,雌しべ1個と並んでいて,雄しべと雌しべが1つの花にそろってある両性花です。それに比べると,イチョウの花は花とは言いにくいほど簡潔な形をしています。また,サクラ等はともに進化した昆虫が受粉を行いますが,イチョウは風頼みの風媒花のままです。
イチョウが古い植物である形質の三つめは,果実にあります。皆さんが目撃するイチョウの実は,果実ではなく種子(写真4)にあたります。イチョウを含む裸子植物には種子はありますが果実はありません。サクラの果実とどこが違うかといいますと,サクラの果実は外側から外果皮,中果皮(食する部分),内果皮(固い皮),種皮,種子という構造になっています。イチョウは外果皮,中果皮,内果皮がなく,いきなり外種皮(黄色の異臭のある肉質の部分),内種皮(白い硬い部分),種子になります。私たちが見ている外側の黄色い皮は種子の外種皮を見ています。このことから,外果皮・内果皮がないので裸子植物と言われるのです。一方,果実の皮があるサクラのような植物は被子植物といい,中の種子が保護されている大変進化した植物です。
イチョウが古い植物である形質の四つめは,イチョウの受精の方法にあります。5月ごろに高いイチョウの木の上で雄花の花粉が風により雌花の胚珠に運ばれると,花粉孔から花粉室に取り込まれ(写真5),ここで4か月待機して精子を作り花粉管を伸ばすなどして準備をします。9月の初めごろ,花粉管が破れて精子が飛び出し,花粉室の液体の中を精子が泳ぎ卵(蔵卵器)まで達して受精が行われます。精子が液体の中を泳ぐという方法は,シダ植物やコケ植物のような原始的な植物の方法ですから,イチョウやソテツは原始性を残している裸子植物であると言えます。
余談ですが,1896年(明治29年)1月に東京大学理学部の平瀬作五郎が,小石川植物園の雌のイチョウの木において世界で初めて精子が泳ぐのを顕微鏡下で発見し驚かせました。その翌月,同理学部の池野誠一郎がソテツの精子も液体中を泳ぐことを発見し,さらに世界を驚かせました。
中生代(2.5~0.6億年前)にはイチョウの仲間は多くの種類が生育していましたが,現在ではたった1種しか生き延びていません。まさに,イチョウは化石のような植物と言えます。原産地は中国の安徽省,浙江省と言われ,現在では日本はじめ世界に植樹されています。
裸子植物にはイチョウの他にマツやスギ,ソテツ,カラマツ,ヒマラヤスギなど世界に760種があります。植物は世界に25万種あると言われていますから,裸子植物はその0,3%しか残っていませんが,世界の森林面積の約30%は裸子植物が占めていて,人間にとっては大変有用な植物になっています。
イチョウに対して幾らか興味を持っていただけたかもしれません。小学校の4学年や中学校の1学年の教材としてもイチョウは有効かと思いますので,ご活用ください。
(Y・H)
(2017年11月29日)