教育研究所
№774「雪国の植物」
冬の夕方7時前の天気予報を見ていると,雪のマークが北海道から東北,北陸,山陰地方に表示され,明日からの雪国の生活の大変さが思いやられます。人々の生活の苦労もさることながら,山野の植物たちは雪の下でどうしているのでしょうか。
積雪より高い落葉する木は問題ないと思います。例えば,カエデやブナ,ミズナラ等は,葉を落として水分や養分をできるだけ使わないようにして,しかも体内の糖分を増やして厳しい寒さを乗り切ります。落葉しない常緑のスギやヒノキ,アスナロ等も葉は落とさないまでも,落葉樹と同じようにしてエネルギーを節約して冬を乗り切ることができます。問題は積雪に埋もれる植物たちです。雪の中でどのようにして生き延びているのでしょうか。
1 積雪50cm以上の地域
雪の多い地域はどの当たりでしょうか。気象庁の資料によると年最高積雪が50cmの平均等深線は,先ず日本海側の京都府丹後半島あたりから入り琵琶湖の北を通り,岐阜県高山市,長野市,男体山,福島市,仙台市の西,釜石市の西を通り八戸市から太平洋に抜けています(図1)。この線より日本海側の内陸に積雪50cmの雪が積もり,日本海の海岸沿いは50cm未満になります。この地域の植物の冬越しの様子を調べてみましょう。
2 雪国の植物の例
十数年前,長野県最北部の木島平村にあるカヤの平高原の観察会に行った際,ブナ林の中でアオキが地面に倒れるように生育しているのに驚きました。関東地方の庭園や山野でよく見られるアオキは,高さが1.5~2m位でまっすぐに立ち上がり,地面に這うことは決してありません。木島平のアオキは,地面に這い全体が小さく,葉も小型で鋸歯(縁のぎざぎざ)は少ないのです。この日本海側のアオキは,太平洋側のアオキの変種としてヒメアオキ(写真1下)と呼ばれています。
また,昨年青森県白神山地十二湖のブナ林を訪れた際,林内に小さくしゃがんだ格好で生育するユズリハを見ました。高さは1m未満で枝は細くしなり葉は小さく薄い。関東地方のユズリハは樹高が7~8mになり,枝は太く葉は長さ20cmにもなります。十二湖のユズリハは変種として扱われているヒメユズリハ(写真2)で,雪国に生育する種でした。
似たような変種扱いの種には,ユキツバキ(太平洋側はヤブツバキ),ハイイヌガヤ(写真1上,太平洋側イヌガヤ),ツルシキミ(太平洋側ミヤマシキミ)等があります。日本海側の種は,太平洋側の種とよく似ているがやや異なるところがあるので,変種として扱い種として独立はしていません。両者のご先祖は,同じ種だったのではないかと考えられ,雪国で生き残るために自らの形質を変えた種と,雪の少ない太平洋側に適応した種とそれぞれに進化したのではないかと考えられています。
3 雪国の植物の進化
それでは,積雪の環境への影響を考えてみましょう。積雪のデメリットは,(1)雪の重量による物理的圧力(雪崩を含む),(2)厳しい低温,(3)冬季の成長の抑制等があります。積雪はデメリットばかりでしょうか。メリットを考えてみましょう。雪中は保湿効果が高く,また保温効果もあるのではないでしょうか。ある資料によると外気温が-17℃の場合,雪中は-11~-1.6℃というデータがあり,雪中の方が温かいことを示しています。
以上から冬季の積雪のデメリットで最も怖いのは雪による物理的圧力ではないでしょうか。改めて上の雪中の5種の植物を見ると,太平洋側の種に比べ全体に小柄で地面を這うように生育して立ち上がらず,枝は細くしなやかで曲がりやすく折れにくく,葉は小さくしなやかにできています。これは,雪による物理的圧力(雪崩も含めて)を軽減して植物の体を破壊から守るために形質を変えて進化したのではないでしょうか。
雪国の環境に適応して日本海側にのみ分布する植物のことを「日本海側要素」と呼んでいますが,その数は212種もあると言われています。しかし,上の5種の植物のように太平洋側に対応する種があるものは,20~30種であると言われています。
4 タケの仲間の棲み分け
面白いことに積雪50cmの線を境にして,タケの仲間も日本海側と太平洋側では異なる種が棲み分けています。日本海側ではチシマザサやチマキザサ等が生育し,太平洋側ではミヤコザサやスズダケ等が生育しています。1959年鈴木貞雄は積雪50cmの線を「ミヤコザサ線・図1」と名付け,全国のタケについて両側に棲み分けるタケの仲間と棲み分けないタケの仲間の研究をしました。棲み分けないで両側にある例としてメダケやアズマザサ,ヤダケ等を挙げています。
それでは積雪50cmの線である「ミヤコザサ線」付近では,両側の植物はどのように生育しているのでしょうか。「ミヤコザサ線」は幅約1~4kmあり,日本海側からチマキザサとチシマザサが分布を広げ,太平洋側からはミヤコザサが広がりつつあります。両者は幅約1~4kmの「ミヤコザサ線」上で混成していてそれ以上は分布を広げられないようです。混成している西側にはチマキザサ又はチシマザサの群落が広がり,東側にはミヤコザサの群落が広がっています。私は福島県白河市から西に入った甲子山麓で「ミヤコザ線」を観察しましたが,ブナの林中にチシマザサとミヤコザサが混成し,側の道路の東側にミヤコザサが群生していました。
両者が棲み分ける原因はどこにあるのでしょうか。それはタケの茎の芽の位置と積雪の高さの関係にあるようです(図2)。冬季の気温が-10℃以下になると,茎についた来年の芽は凍結し生きていけません。一方,雪中は-10℃未満のことが多く,芽は生きていけることが多くなります。チマキザサやチシマザサの芽は積雪中に入る高さに位置し,保温・保湿されることから生き延びることができます(図2)。一方,ミヤコザサは積雪が少ない場所なので茎の芽は土中で保護され,何とか生き延びることができます。両者は積雪が多い場所と少ない場所に適応して,生き延びてきたと言えます。
日本海側の県の小・中学校では,「日本海側要素」と言われる植物を教材として研究してみてはいかがでしょうか。(Y・H)
(2018年1月22日)