教育研究所
№954「ミドリシジミから子ども時代の思い出に...」
先日のY新聞の朝刊に,榛(ハン)の木の林とミドリシジミの記事が載っていた。「榛の木」という言葉に,少年時代を過ごした三宅島を思い出した。
食に困らない程度の農家で,乳牛と豚も数頭飼育していた。牛は,榛の木の春の新芽を好んで食べた。学校から帰ると,近くの山へ行って,榛の木の新芽を刈り取り,牛に食べさせたものである。これが,子供のころの仕事だった。
そんな榛の木を食草とする昆虫がいたことに,当時全く気付かなかった。図鑑を見ると,ミドリシジミだけでなく,ヒラアシハバチ,ウラゴマダラシジミに似たテングイラガ,ハンノキマガリカなども食草にしているそうだ。とすると,昆虫に関心があれば,気づいたはずである。榛の木は牛の餌としか認識がなく,仕事として新芽を刈り取っていたので,ファーブルやシートンのような才能は刺激されないまま埋もれてしまったようだ。
でも,戦後のお菓子などない時代のこと,食べられるとなったら話は別である。スカンポ(イタドリ)の若い茎は皮をむいて軽く塩をつけて食べるとおいしい。筍の柔らかい皮にカタバミ(傍食)の柔らかい葉を塩で軽くもんで包み,それをしゃぶっていると,塩気が心地よく竹の皮が紫に変色してくる面白さがあった。アケビの実も甘くて美味しかったし,桑の実や野葡萄の実はやや酸っぱいが美味しく口の周りを紫にしながらよく食べたものである。タラの芽を摘んで持ち帰ると,母親が天麩羅にしてくれ,むしゃむしゃ食べた。
豊かな今の時代には,体験できない。孫たちに話しても「ふ~~ん」だけである。(H&M)
(2019年3月18日)