デジタル時代の学び~年度始めに見つめ直すICT活用
東京学芸大学教授
東京学芸大学教育学部・教授 博士(工学)。総合教育科学系教育学講座学校教育学分野に所属。独立行政法人教職員支援機構客員フェロー(2020年~)。教育工学、教育方法学、教育の情報化に関する研究に従事。中央教育審議会臨時委員(初等中等教育分科会)(2019年~)、文部科学省「教育データの利活用に関する有識者会議」委員(2020年〜)、「ICT活用教育アドバイザー」(2020年〜)、「GIGAスクール構想の下での校務の情報化の在り方に関する専門家会議」座長代理(2021年~)等を歴任。
〈教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.2 2021年4月号より〉
年度の最初に確認しておくことは?
まずは自分・自校にぴったりな情報源を探しておくことが重要です。端末は全国に整いましたが、これまでの積み重ねなどから、その活用には大きな地域差が生まれています。例えば、情報活用能力に関する指導力や子どもの習熟度の差、ネットワークなどのICT環境の差などです。GIGAスクールに関して各所から提供される情報のレベルも多様ですから、学校・地域の実情に合った適切な情報を選ぶことが大切です。
よくわからない場合は、改めて最初からチェックしてみましょう。文部科学省のウェブサイト『StuDX Style』では、ごく基礎的な実践から発展的な実践まで掲載されています。これらを見ながら、チェックリストのように「できている」「できていない」と確認していってはどうでしょうか。特に、最初にあるコーナー「慣れる つながる活用」の「慣れる」は大丈夫でしょうか?「正しい姿勢」「はじめてのパスワード指導」「端末利用のルール決めと意識化」「個に応じた操作スキルの支援」「自分の情報は自分で守る」などです。
こうした基盤ができつつあれば、続いて「つながる活用」になります。『StuDX Style』では、「教師と子供がつながる」「子供同士がつながる」「学校と家庭がつながる」「職員同士でつながる」と四つの「つながる」が紹介されています。GIGA実践の中心は「つながる」です。高度な活用は、こうした基礎的な「つながる」実践が基盤になっていたり、それらを組み合わせたりして実現しています。子どもも先生も端末で自在につながることができれば、価値のある実践に結びつきます。また、「学校と家庭」「職員同士」のつながりも重要です。本当に便利なのはこのあたりで、学校の業務改善にもなりやすく、その効果を実感すればするほど、端末の家庭への持ち帰りも自然と行われます。ICT活用が進んでいる地域では、このようなつながりによる先生方の手応えが、高度な授業実践を生んでいます。GIGAスクールは授業のデジタル化のみならず、学校教育全体のデジタル化だと考えるのがポイントです。
コロナ禍でのICT活用
2022年1月、文部科学省は事務連絡『やむを得ず学校に登校できない児童生徒等へのICTを活用した学習指導等について』を更新しました。その中で、「1人1台端末の利用に当たり、保護者等との間で事前に確認・共有しておくことが望ましい主なポイント」には、
1.児童生徒が端末を扱う際のルール 2.健康面への配慮 3.端末・インターネットの特性と個人情報の扱い方 4.トラブルが起きた場合の連絡や問合せ方法等の情報共有の仕組み |
と書かれています。非常時のオンライン授業のためというより、日常的な1人1台端末の活用のためのポイントが示されています。コロナ禍の終わりが見えない状況では、臨時休業にも対応できる端末活用のルール等を定め、平時から運用していくのが効率的でしょう。授業も同じです。例えば、従来のように実物投影機で漢字練習帳を電子黒板に大きく映すより、子どもの手元の端末で見せた方が便利であると考え、同じ教室内でもウェブ会議システムによる映像配信を多用している学校があります。先生にも子どもにも、ウェブ会議の経験値が蓄積されていると、登校できない状況でも対応しやすくなります。
現場の先生方は、通常の校務における苦労も多いなかで、学びを止めないための準備も求められています。普段から端末の活用に慣れておくこと、「学校と家庭」「職員同士」のつながりを確保しておくことなどが今後も重要といえます。
これからの授業スタイルとICT活用
ICT活用の目的は、A)個別の知識等の反復・習得のため、B)高次な資質・能力の育成を意図した複合的で総合的な学習活動を支援するため、C)情報共有や資料配付などのため、の大きく三つに分けられます(図)
図 ICT活用のイメージ
先に述べた「つながる」活用は、主にC領域です。C領域では、例えばプリント類をMicrosoft TeamsやGoogle Classroomに掲載・共有することで、印刷や配付の手間が省けたり、カラーが自在に使えたり、再利用もしやすかったりします。活用のイメージももちやすく、最初に行うべき活用です。
A領域は、AIドリルや動画視聴などが代表的な活用例です。答えが一つに定まり正確な採点ができる領域は、まさにコンピュータが最も得意とするところです。ICT活用が直接的に資質・能力の育成に寄与しやすい領域、ともいえます。したがって、例えばワークシートを穴埋めしていくようなタイプの授業は、将来、AIドリルや動画視聴に置き換わる可能性があります。すでに子どもからは、こうしたツールで学習したほうが先生に授業を受けるよりもわかりやすい、と言われるケースが出てきています。
このように考えると、学校では今後B領域の授業をどう行うかが焦点になります。思考力、判断力、表現力等といった高次な資質・能力は、ICT活用で直接育むことは不可能です。これらの育成には、調べたり、まとめたり、伝えたりするなど、複合的で総合的な学習活動が求められます。端末はそうした学習活動の質の向上や支援に活用されることになります。重要なことは、授業づくりや学習指導法といった骨格部分についての理解なのです。
「個別最適な学び」「協働的な学び」が話題ですが、中央教育審議会答申では、それらを包含するように「一人一人の子供を主語にする学校教育」と示されています。私はこの「一人一人を主語にする」ために、1人1台端末が役立つのではないかと思っています。例えば、子どもによる授業のふり返りに端末を活用すれば、教師は子ども一人一人の様子を把握しやすくなります。ふり返りを確認すると、子どもによって理解はまちまちであることを知ります。そこでさらに丁寧な指導を試みますが、簡単に改善しないこともわかります。つまり「教師が伝えた≠子どもが学んだ」ということを改めて痛感します。そこで、従来の授業法の限界を感じて、子ども一人一人にしっかりと力をつけるにはどうしたらよいのか、そうした観点から授業の見直しを行うことになります。教師としては、教えなくてはならないと一生懸命にわかりやすく伝えてきたけれども、全ての子どもには伝わらない、他の伝わる方法も取り入れなくてはならない、と自らの授業スタイルを変えるきっかけになるのです。つまり、授業とは目的ではなく、一人一人の子どもに力をつけるための手段であるという考えに至ります。
これまでの授業スタイルであれば、これまでの教材や教具の活用が最適です。したがって、旧来からの授業の枠組みを変えずに「効果的なICT活用とは何か」と考えても、いずれ限界を迎えます。一人一人の子どもに力をつけるにはどうしたらよいのか、その際にICTはどこで役立つのか。年度始めの時期に、改めて考えておくことも大切です。
※文部科学省ウェブサイト『StuDX Style』については、2022年1月31日時点の内容をもとに執筆しています。