中学校理科:デジタル機器を活用した理科授業について
海城中学高等学校教諭
〈中学教科通信 2021年5月号 ウェブ版より〉
はじめに
筆者の勤務校は中高一貫の男子校です。3年ほど前から順次デジタル端末の普及を進め、2020年度には高校3学年の生徒全員が1人1台iPadを持つに至りました。また、2020年4月から6月のコロナ禍によるオンライン学習の後、中学生も1人1台MacBook Airを所持する環境が整いました。教員、生徒ともにMicrosoftのOffice365アカウントを持ち、Sway、Teams、Forms、OneDriveなどのアプリを使用しています。このような学校内のデジタル環境の変化に伴い、理科の授業でも少しずつ新たな試みを行ってきました。本稿では、筆者の教える地学の授業において、これらのデバイスを活用した実習の実践例をいくつかご紹介します。
実践例
1 アプリ・ソフトを活用した実習
1-1 カメラ機能を用いて月までの距離を求める
高1地学基礎での年周視差の学習に関連して、iPadで月を撮影し、その写真を元に、月までの距離と月の大きさを求めるという実習を行いました。4人班で求め方の議論から始めましたが、初めはどの班も、離れた場所に住んでいる班員宅から同時に月を撮影することを考えます。しかし、妥当性を検討させると、月までの距離に対して2地点間の距離が短すぎ、視差がほとんど生じないことに気づきます。そこで、地球の自転による観測点の移動距離を基線長として利用する方向に誘導しました。月までの距離がわかれば、距離と視直径から月の大きさがわかります。以下に簡単に手順を示します。
❶ iPadに星空を撮影するアプリを入れる。視野角を明らかにするため、アプリを用いて撮影した画像内で、一定距離から撮影した30cm定規が何cmになるか測定する。 ❷ 月と一緒に、周囲に星が写っている写真を、数時間の間隔をあけて同じ場所から撮影する。 ❸ 不動点となる星を重ね合わせ月の視差を求める。 ❹ 2回の観測時刻の差から求めた、実質的な観測地点間の距離と視差から月までの距離を求める。 ❺ 月の視直径から月の大きさを求める。 |
図1「月実習」の生徒提出レポート例(一部抜粋)
1-2 Excelを用いて貝殻の形態を分析する
中2地学での化石の学習に関連して、アサリの殻の観察やスケッチを行いました。さらに、各自20個体以上のアサリの殻長・殻高・殻幅をノギスで計測し、それぞれの関係をグラフ化するという生物測定学的な実習を行いました。形態を拠り所として行われることが多い古生物学研究の手法に触れようという意図で行ったものです。等成長しているように見える貝殻が、Excelのグラフ上で相対成長式を求めると厳密には不等成長を示すことがわかります。
2 データ共有を生かした実習
2-1 観測した膨大な気象データを共有し考察する
高1地学基礎の天気の学習に関連して、4人班に温度計を1本貸し出し、自宅で気温・天気・風向の観測を行ってもらいました。観測時刻、観測地点の緯度・経度とともにFormsからデータを送信してもらうと、学年全体で約7000のデータが集まりました。そこから各班でテーマ設定し、考察しました。前線の通過に伴う気温変化だけでなく、比較的広範囲に及ぶ通学圏を背景に、都市化の影響なども考察できればよいと考えて行いました。以下が概要です。
❶ 観測期間は9月中旬からの2週間。学校がない日は6時~21時までの3時間ごと、学校がある日は6、19、20、21時に観測する。 ❷ 集まったデータと、これまでの学習事項や天気図、気象衛星画像なども参考にしながら、各班でテーマを設定する。 ❸ 班ごとにデータを整理・分析してグラフや表などを作成した上で、各自レポートにまとめる。 |
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図2「気温実習」の生徒提出レポート例 |
2-2 リアルタイムでデータを共有する
中2地学での放射性同位体の学習に関連して、100個のサイコロを用いて半減期を考える実習を4人班で行いました。実習内容は高校教科書にも記載のあるもの(例えば啓林館(平成29年)『地学 改訂版』)で、100個のサイコロのうち、1の目(あるいは1と6の目)が出たものを取り出していきます。1回サイコロを振るごとにOneDrive上のExcelファイルに各班の計測データを入力してもらい、10班合計1000個のサイコロが次第に減っていく様子を共有しました。Excelファイルは教室の白板にも映写しておいたので、進捗状況を楽しみながら実習できたようです。さらに、その場で教員がデータをグラフ化し、半減期の考察につなげることができました。
課題と改善点
前項で示した実践例はここ1、2年で初めて行ったもので、いずれも課題が多く残りました。「月実習」では、アプリの精度の問題で、月と背景の星を同時に写すことが難しく、結果的にタイムラプス機能を用いた班が多く見られました。アプリの選定も精査する必要があります。いずれにしても地球の自転を利用する場合、月と地球の位置関係や、月の公転を考慮して考察するのが難しく、難易度を下げる必要がありそうです。「貝殻実習」では、相対成長式を求めて終わるのではなく、他の種と比較するなどして、もう一歩考察を深められるとよいと感じました。「気温実習」では、データを取った後に考察の方針を考えましたが、大量のデータのどこに着目すればよいか戸惑う班が多く、やはり、予め考察の見通しを持った上で、適した時期や項目で観測した方がよいのではないかと感じました。ただ、似たようなテーマ設定をした班同士でデータ共有し、データ数を増やすことについては今後も活用できそうです。
まとめ
デジタル機器は、本稿で紹介したような新たな実習の試みに寄与しただけでなく、各授業での感想シートや課題の提出、小テスト実施などにおいても役立っています。オンライン授業の際には映像配信も行いました。生徒はこのようなデジタル機器を用いた活動には概ね好意的、意欲的です。発想次第では、教員にとっての利便性向上にとどまらず、より生徒の主体的な学びを推し進める方向に、既存の学習の枠を広げる可能性も秘めているように感じています。教員間で実践例を共有、蓄積し、内容をブラッシュアップしていくことが肝要だと考えています。
謝辞
紹介した実践はいずれも、佐々木勇人氏、高橋由佳氏と共に行ったり、両氏から助言を得ながら行ったりしたものです。両氏に心より感謝申し上げます。