小学校理科:SDGsの実現をめざす理科授業
宮崎大学教授
〈教育情報誌 学びのチカラ e-na!! vol.1 (小学校版) 2021年9月発行より〉
はじめに
複雑性と不確実性がますます進む現代社会においては、一人ひとりが他者とつながり、対話し、創造し、あるべき変革に取り組むことのできる持続可能な社会のつくり手として参画することが望まれます。そのような社会をつくるプロセスにおいては、利害や価値観が対立する状況下で、粘り強く対話を重ね、妥当な最適解・納得解を共有していくことが求められるようになります。「社会科」や「総合的な学習の時間」ではなく、教科「理科」として、どのようなアプローチが考えられるのでしょうか。
児童に求められる「主体性」とSDGs
現在の学校教育で「主体性」といった場合、例えば「主体的に学びに向かう力」など、児童による自発的な行動や態度を指す場合が多く、どちらかといえば個々人が自分で考え、行動することが想定されています。しかしながら、未来社会を生きる児童にとって本当に必要な「主体性」とは、今の現実世界や社会状況は、自分たちで作り変えることができるという「主体性」です。そこでは、他者との相互関係の中で意思決定や行動を決めていくことが前提となっており、そのような社会の規範と照らして律することで責任ある行動にもつながっていきます。
2015年の国連総会で採択された17の持続可能な開発目標SDGsでは、生物多様性や地球温暖化といった環境問題だけでなく、貧困や教育、ジェンダー、まちづくりといった経済・社会系の課題も含まれました。先進国と開発途上国の両方が対象とされており、国や政府だけでなく、民間、市民社会、そして市民によるパートナーシップでの取り組みが想定されている点が特徴的です。また、ある目標を達成するためには、むしろ別の目標と関連づけられる問題にも取り組まねばならないことも多く、目標はすべて相互作用的な位置付けとなっています。理科は比較的多くの項目で関連しており、
目標7 :エネルギーをみんなに そしてクリーンに |
目標9 :産業と技術革新の基盤をつくろう |
目標12:つくる責任つかう責任 |
目標13:気候変動に具体的な対策を |
目標14:海の豊かさを守ろう |
目標15:陸の豊かさも守ろう |
は直接的に理科の学習内容と結び付けられ、さらに視点を広げれば、
目標2 :飢餓をゼロに |
目標3 :すべての人に健康と福祉を |
目標11:住み続けられるまちづくりを |
が間接的に理科の学習内容と結び付けられます。
図1 国連の持続可能な開発目標(SDGs) 出典;国連広報センター
前掲のSDGsに関連する理科の学習としては、一般的にエネルギー問題や気候変動といったメカニズムを科学的に理解すること等が考えられます。しかしながら、もう少し掘り下げて学習を進めていくと、各種統計や推計についてその背景にある科学的根拠を基に最適解を導き出すための力、具体的には科学的データ・情報の分析力や批判的思考力といった資質・能力の育成も必要になってくることが分かります。さらに学習が深まると、SDGsを直接的に打開する科学技術そのものに対する深い理解(科学技術の功罪を見極める力の育成)も求められてくるかもしれません。科学技術の振興や利用にあたっては、内容や状況によって研究・開発に対して慎重な判断を迫られることもあるためです。
児童の行動が変容する理科授業
6年生の「生き物と食べ物・空気・水」では、生き物と食べ物の関係や、空気や水を通した周囲の環境との関わりを学習します。例えば、生き物と食べ物の関係では「食物連鎖」という科学的知識を学習しますが、その学んだことを根拠として「食べ残しをしない」という児童の行動変容まで落とし込むことができると理科での学びがより一層深いものとなるでしょう。さらには、そのような行動変容(自己制御)が、上述したSDGsの目標14や目標15、さらには目標2といった問題解決につながり、持続可能な社会をつくることに参画できることを身近に実感させることが大切です。
また、水を通した周囲の環境との関わりでは「水の循環」を学習しますが、その学んだことを根拠として「節水を心がける」という児童の行動変容(自己制御)まで落とし込むと良いでしょう。先ほどの「食べ残しをしない」と同様、「節水を心がける」という行動は、「もったいない」という規範意識のみに結びつけられる傾向がありますが、そこには明確な科学的理由も存在するということを理解した上で、日々の児童の行動が変わっていくのであれば、理科を学ぶことの有用性にもつながるでしょう。
他にも、人の営みと自然との関係という視点で「水の循環」を捉えていくのもアプローチの1つです。教科書に掲載されている水や空気の循環の絵図には「ダム」が描かれています。児童は社会科で「治水・利水としてのダム」を学習していますが、理科の学習で地球上をめぐる水という視点から改めて「ダム」を眺めたときに、児童の目にはどのように捉えられるのでしょうか。人の生活を豊かにする上で「ダム」は必要だけれども、地球上の生き物が水と関わっていることを学習した後の児童の考えは多様なものとなります。そのような正解のない問いで議論が始まると、何らかの結論に到達するためには合意形成が必要になってきますが、実はその議論こそが、上述したSDGsの目標7や目標15といった持続可能な社会づくりに参画していることを意味しているのです。
図2 宮崎県の上椎葉ダム
このように理科授業で扱う「問い」を、科学的な事実や定義によって正しい答えが導き出される問いだけでなく、(現時点での)より良い答えの模索が意図されるような「判断的な問い」も取り入れることが、これからの新しい理科授業の形となっていくでしょう。例えば、今回のような議論は、自ずと児童たちの多様な視点や基準を用いた評価・判断に頼ることとなります。そこでは、科学技術に関する社会問題において合理的な議論に従事し、SDGsにつながるような科学的根拠に基づく意思決定や合意形成を行う授業が展開されるようになります。先生の側が、科学技術が関連する(科学技術を背景とする)未解決な社会的諸問題を理科授業で扱うのかどうかが1つの鍵となります。
おわりに
これまでの理科教育は、どちらかといえば、変化の著しい未来社会においてどのように対応していくかという考え方が基本でした。しかしながら、これからは、そのような受動的な姿勢ではなく、理想とする未来社会を創造するためには、どのような理科授業を展開していくかという能動的な考え方が求められます。そして、そのような理想的な未来社会の姿は大人だけが考えるのではなく、持続可能な社会のつくり手である子どもたちと大人である先生が共に考えていく教室空間--お互いに当事者として場を共有する姿勢--も、小学校理科で現代的課題を扱う時には重要な視点となるのです。