奇機械怪報告書
すやまたけし
オーガスト・ミカネンの法則
都市は放っておくと,ほこりとちりによって埋もれてしまう。
西暦九四××年。ミカネン教授がその樹海を探検した時の報告書は,多くの人々に驚きと教訓を与えた。
アーー,オホン。で,詳しいことは,その報告書を読んでいただくこととして,きょうはお集まりの皆さんに,その概要をお話しさせていただこうと思います。
わたくしが,その樹林帯に興味を持ったのは,探査衛星の画像を分析していたときのことです。その区域は自然保護地区になっていて,人が長いこと足を踏み入れたこともなく,原生林でおおわれていました。しかし,わたくしが開発した特殊な画像処理を施してみると,その樹林帯には,古代遺跡の痕跡が認められたわけです。
D-422Bの処理画像を見ていただくとわかりますが,ここにはたしかに人工的な構造物の輪郭が見えます。おまけに,そのまわりにも,樹海に隠されているようですが,構造物が点在しているのがわかります。
ここには文明都市があったが,その後,土と原生林によっておおわれ,埋もれてしまったのだろうと推測されます。ところで,みなさんは,伝説のトキオ・シティーのことをご存じでしょうか。そうです。七千年も昔,栄華と繁栄をきわめたが,いつしか滅びてしまったという幻の都市です。
わたくしは,考古学データ・ベースにより検索をしてみましたが,残念ながらその科学的な史実をほとんど見つけることはできませんでした。かすかに,ぼんやりと,伝説として,幻のトキオ・シティーの記述があるのみでした。このトキオ・シティーの実在を確認し,なぜ,あれほどの文明都市が短期間に消滅してしまったかを証明できれば,それは考古学上まれに見る大発見として,長く記憶されることになるでしょう。
われわれ十余名の探検隊が,VTOL機によって,その樹海におりたったのは,○月×日のことです。すでに秋は深まり,落葉樹の多いそのあたりの木々の葉は黄金色に色づき,枯れ葉がとぎれることなく舞い落ちていました。赤や黄の落ち葉が,あたり一面に散り敷いていました。われわれは枝をわけながら,調査対象となる構造物に近づいていきました。やがて,われわれの前に,こんもりとした丘のようなものがあらわれてきました。
探知装置によってその樹林と,腐葉土と,火山灰などの地質の下に無機質の構造物が埋もれていることがわかりました。
われわれは場所を選んで,掘削を開始しました。土を深く掘っていくと,やがて固い壁につきあたりました。やはり,思ったとおりでした。その壁は,埋もれている建物の表面の一部だったのです。壁面は七千年の時をこえて,われわれの前にあらわれたのです。
長い間,土の中に埋もれていたわりに,その壁は変性していませんでした。特殊爆薬を使って,その壁に人間がひとりやっとくぐりぬけられるほどの穴を開け,われわれはその建物の内部に入っていきました。
その中は真っ暗でした。われわれのヘルメットについた強力ライトの幾条もの光が,内部を照らしだしました。そこはかなり広い部屋でした。いいですか,その建物は七千年前の姿をそのままわれわれに見せてくれたのです。まさしく,保存された七千年前の文明の博物館と言っていいでしょう。
その部屋から廊下へ出ると,なめらかな床が長くつづいて,真っ暗なトンネルのようでした。われわれは,その廊下を用心しながら進んでいきました。その床は真新しく,ピカピカに磨きあげられていて,ゴミひとつ,ちりひとつ,落ちていませんでした。
エレベーター・ホールにある案内図で,そのフロアが十七階であることと,そのビルが二十階建てであることもわかりました。
七千年の時間が二十階建ての巨大ビルを埋めつくしてしまったのでしょう。その都市にはもっと高い高層ビルがそびえていた可能性はありますが,それらは,なんらかの理由で倒壊したのかもしれません。おそらく,そのあたりの土の下には,伝説のトキオ・シティーがそのまま埋もれているのでしょう。
なぜ,トキオ・シティーから,ある日突然,人がいなくなり,その後こうして土と原生林におおわれてしまったかは,実に興味深いところです。しかし,わたくしが思いますに,どんなに栄えた都市であっても,人が住まなくなり,放ったらかしておくと,ほこりやちりが積もり,草や木が生え,年とともに地層でおおわれていくということです。
われわれは四班にわかれて,その巨大ビルの内部を調査することにしました。われわれの四人のグループは,五階以下を調査することになり,洞窟のように暗くてせまい階段を,ロープを伸ばしながら注意しておりていきました。
われわれが二階の廊下を進んでいたときのことです。暗黒と静けさの中に,何かがかすかにうなる音が聞こえました。よく耳をすますと,ブーンとモーターのうなる音と,何かの摩擦音が聞こえてきます。しかも廊下の角の向こうをその音は近づいてくるのです。
われわれは緊張して,壁にはりつきました。その物体は,もうすぐそこまできています。赤いランプを点滅させているのでしょう。白い壁や天井に赤い光の斑点が,目まぐるしく動きまわるのが見えます。われわれはあとずさりして,その物体が角をまわってくるのを待ちました。やがてその物体が,われわれの目の前に現れました。
それは,奇怪な物体でした。小型の冷蔵庫を横に倒して,それをスマートにしたくらいの大きさの機械でした。われわれは,その機械が危害をくわえはしないかと,警戒しながら見ていました。
「なーんだ」と,仲間のカワグチくんが言って,その機械にひとり近づいていったときも,われわれはびくびくしたままでした。
「だいじょうぶですよ。これは掃除ロボットですよ。人には危害をくわえませんよ」
カワグチくんが自信ありそうに言うので,われわれはこわごわその機械に近づいていきました。結局,その摩可不思議な機械は,ロボット工学の専門のカワグチくんの言ったとおりだったのです。そのロボットは床を掃除しながら,ビルの中をまわっていたのです。それで,そのビルの床にはちりひとつ落ちていなかったのです。
われわれは,そのロボットのあとをつけていきました。そのロボットは,実によく働きました。そして,ある部屋に入っていきました。その部屋は,その掃除ロボットを半永久的に働かせるあらゆる機能がそろっていました。ロボットは,エネルギー供給装置のところへいくと,そこから自動的に電力を補給しはじめました。その姿はまったく,一仕事終えたあとの一服といった様子でした。
その掃除ロボットは,トキオ・シティーから人がいなくなったあとも,実に七千年もの間,ビルの床の掃除をつづけていたものと思われます。そして,これからも生真面目に働きつづけることでしょう。
ええ,そうです。われわれは,そのロボットをそのままにして帰ってきました。今までと同じように働かせてあげておいたほうが,彼にとって幸福だろうと判断したからです。おそらく現在も,あのロボットは暗いビルの中で,掃除をしてまわっていることでしょう。それを想像すると,なんともほほえましい気分にさせられます。
これから再調査にいくかたたちにもお願いします。あのロボットをそっと暖かい目で見守ってあげてください。そのように,よろしくお願いします。
(『火星の砂時計』株式会社サンリオ1988年現在は絶版)