砂時計のプレゼント
すやまたけし
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マリンは,読みかけの本を横に置いた。そして,棚に置いてある青いリボンをかけたきれいな紙の包みを手にとった。それは,マリンがモーリへのクリスマス・プレゼントにと,一生懸命に編んだマフラーの包みだった。
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冷たい風が,窓の近くの細い枝を揺らしている。
マリンは,郵便配達の自転車が家の前でとまり,また,風に追われるように立ち去っていくのを,ぼんやりと目で追いかけていた。
少しして,母親が部屋に入ってきた。
「どう,熱はさがったかしら。暖かいミルクを持ってきたわ」
母親は,お盆に乗せたゆげの立つミルクをベッドの横のテーブルに置いて言った。
「そして,メリー・クリスマス」
「えっ」とマリンは驚いて,母親の顔を見た。
母親は微笑を浮かべ,うしろに隠していたものを出してマリンに渡した。
「それを開けたら,風邪なんかどこかへいってしまうわ」と母親は言って,部屋から出ていった。
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マリンは,母親から渡された小包みと手紙を手にとってよく見た。差出人を見ると,ナーガラ町で働いているモーリからだった。
マリンは,さっきの郵便配達の人が届けにきたのだと思った。彼女はさっそくその小包みを解き,中のリボンのかかった小さい箱を開けた。
青い砂の砂時計が出てきた。
マリンは,その砂時計を明かりにかざして,振ったり,角度を変えて見たりした。
さらさらと,美しい青い砂が流れ落ちる。
マリンは砂時計を膝に置いて,モーリからのきれいなクリスマス・カードと,手紙を読んだ。
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親愛なるマリンへ
クリスマス,おめでとうございます。
クリスマス・イブの日には工場の仕事があって帰れないので,ひとあし早くプレゼントを飛行船便で送ります。
青い砂が流れ落ちる時間だけでも,ぼくのことを思いだしてください。
この砂時計は,自分でできるところはすべて自分で仕上げました。時間をかけて,丁寧に作りました。気に入っていただけたでしょうか?
砂時計を作る仕事は苦労も多いけれど,少しずつ着実に覚えています。砂時計工場の人たちはみな親切で,ぼくが将来,独立して,カムラ町で砂時計作りを始められるように,励ましてくれています。
工場が冬休みになったらすぐに帰ります。ひさしぶりに故郷の人たちと会えるのを楽しみにしています。
それでは,その日までお元気で。
■ナーガラ町にて モーリ
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マリンはもう一度,砂時計を目の前にかざしてみた。こんなに上手に砂時計を作れるようになったのだから,モーリがカムラ町で砂時計作りを始められる日も近いだろう。そうしたら,それを手伝ってあげよう,とマリンは思った。
砂時計の青い砂が,音もなく流れ落ちていく。マリンは,その底にできていく美しい砂の山をじっと見つめた。
青い砂の最後の一粒がこぼれおちたので,マリンは砂時計をひっくり返した。再び,青い砂がさらさらと流れ落ち,砂時計は時間を動かしはじめる。
マリンは魅せられたように,それを静かに見つめつづけた。
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さらさらと青い砂が,風に吹かれて流れていく。
マリンは気がつくと,青い砂丘にいた。まわりは見渡すかぎり,青い砂丘が広がっている。砂丘にできた風紋が,風が吹き過ぎるたびに変化していく。
マリンは足元の青い砂を手の平ですくってみた。その手を高く差しあげ,指の隙間から少しずつ青い砂をこぼしてみる。流れ落ちる青い砂は輝いて,とてもきれいだった。
マリンは,青い砂に足をとられながら,一歩ずつ砂丘を歩いていった。
砂の丘を一つ越えると,その向こうに工場がいくつも建っているのが見えた。細くて高い煙突から,煙を出している工場もある。
マリンは工場に近づいていった。
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ある平屋建ての工場を,マリンが窓からのぞいてみると,中では人々が忙しそうに砂時計を作っていた。
そして,彼女はモーリを見つけた。彼は青い砂をカップですくい,真剣なまなざしで余分な砂を払い,砂時計のガラス容器に入れている。
マリンは彼の仕事の邪魔をしたら悪いと思い,息をひそめて見つめていた。モーリが窓のほうを向いた時には,あわててマリンは身を隠した。そして,その場所を離れた。
マリンは工場をまわり,自転車置き場でモーリの名前のある水色の自転車を見つけた。
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マリンはモーリの自転車を借りて,ナーガラ町へつづく一本道を,風を受けて走っていく。ナーガラ町は,郊外の風景も,道も,家々も,とても美しい。
東の丘の上には風車が何十基もならんでいて,風で羽根がまわっている。マリンは自転車で,町中を見てまわった。
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マリンは,ナーガラ町の石畳の通りにある宝石店の前で自転車をとめた。ウィンドーに装飾品が飾られていて,その中の銀色のブローチに目がとまったのだ。
マリンは店の中に入っていって,そのブローチを見せてもらった。それは,美しいバラの花の細工がしてある銀のブローチだった。
宝石店の主人は,そのブローチは腕のいい彫金師が作った掘出し物だと説明した。
マリンは,それがどうしてもほしかった。ポケットをさぐってみると金貨が一枚あったので,迷うことなくそのブローチを買った。自分の服の胸につけてみると,それはよく似合った。
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マリンはナーガラ町をさまよううちに,運河にかかる橋を渡って,モルゼ丘にやってきた。丘の風車の列は,遠くから見るよりずっと迫力があった。
マリンは丘のふもとに自転車を置いて,坂道をあがっていった。
丘の上にあがると,そこには空を見ている男がいた。彼はベンチに坐り,じっと黙って西の空を眺めつづけている。マリンはその男の横に近づき,話しかけた。
「こんにちは,こんな寂しい場所で,何を見ているのですか?」
「やあ,こんにちは,私はここで天気を見ているんだよ。ほら,この曇った空を見てごらん。もうすぐ,雪が降るよ。明日の朝まで,雪は降りつづける。この町は一面,白い雪でおおわれるだろう。明日は,晴れるけれどね」
「そんなことまでわかりますか?」
「ああ,この町だけでなく,きみのカムラ町でも雪が降るはずだ」
「えっ,どうして,私がカムラ町に住んでいることまで,わかるのですか?」
「この丘の上で,空を眺め,静かに風の音を聞いていると,いろいろなことがわかるものだよ」
マリンは不思議そうに,その男の顔を見た。
風が吹いている。マリンはその冷たい風に吹かれて,その男が見ている西の空を見てみた。灰色の雲は低く町をおおっていた。
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さらさらと,砂時計の最後の青い砂がこぼれ落ちる。
マリンはいつの間にか,また自分の部屋に戻っているのに気がついた。
それは,砂時計の砂が流れ落ちる,たった三分間のできごとだった。マリンはその短い間に,モーリのいるナーガラ町を旅したのだった。彼女は砂時計をもう一度,見なおした。そして,窓の外を見た。
どんよりと低くたれこめた曇り空から,白い小さなものが舞いおりてくる。
雪だった。白い雪が知らないうちに降りはじめたのだった。マリンは,丘の上で空を見ていた男が言ったとおりだと思った。
彼女はもっとよく雪を見ようとして,顔を窓ガラスにつけて空を見あげた。微熱のあるマリンの頬に,窓ガラスはひんやりとして冷たかった。
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クリスマス・イブの日,ナーガラ町には灰色の雲が低くかかっていた。午前中は,ところどころの雲の切れ間から,太陽の光がすじになって地上を照らしていたが,午後になると,雲は低く厚みを増しはじめた。
モルゼ丘の風車の大きな羽根は,冷たい風を受けてまわっていた。
町の公園の広場にある,形のいい大きなモミの木には,数週間前からイルミネーションが飾られていた。夜になると,その木には数えきれないほどの色とりどりの電球が明るくともり,モルゼ丘からも見ることができた。
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(『ナーガラ町の物語』株式会社サンリオ1988年現在は絶版)