ホワイト・クリスマス
すやまたけし
夕暮れとともに,雪が低くたれこめた空はいっそう暗くなってきた。しかし,グールトの家の中は明るかった。
暖炉の火が燃えている暖かい部屋には,クリスマス・ツリーが飾られ,テーブルの上には,グールト夫人が腕によりをかけて作った数々の料理がならべられていた。
グールト夫妻と,ヨーマと,モーリの四人はソファに腰かけて,ベルンがくるのを待っていた。
窓の外を見ていたヨーマが言った。
「ほら,雪が降りはじめたよ」
他の三人もそれを聞いて,外を見た。
低い灰色の雲から,天使たちが踊るように,白い雪が舞いおりてくる。
風はとまり,静かに,やわらかく,雪が降りつづける。
「やはり,ベルンさんの予報どおりだ」
ヨーマは目を輝かせて,白い雪が舞うのを見つめた。
「今夜は,素敵なホワイト・クリスマスになるわね」と,グールト夫人が言った。
「ああ,静かな夜になるね」と,グールトが言った。
○
雪はどんどん降りつづける。遠くの景色が,白い雪のカーテンで隠されてぼんやりとしてくる。次から次へと,おりてくる雪は,やがて地面を白くおおっていく。
生け垣や,街路樹の枝にも,白い雪が積もりはじめる。家々の屋根にも,雪は白い衣装を着せていく。
モーリは,だんだん多くなっていく雪を見ながら,心配そうに言った。
「この雪だと,明日は飛行船が飛ばないかもしれませんね」
ヨーマが,モーリに言った。
「モーリさん,大丈夫ですよ。明日は飛行船は飛びます。ちゃんと,カムラ町へ帰れますよ」
「そうかなあ。これじゃあ,雪がひどくなりそうだけれど」
「この雪は今夜だけです。明日の朝になったら,雪はやんで,青空が見えると,ベルンさんが言っていました」
「本当? ベルンさんの予報ならば安心だ。それじゃあ,明日は予定どおり,故郷へ帰れそうだ」
グールトが,モーリに言った。
「カムラ町へ帰るのは楽しみですね。モーリさんへ,よく手紙をくれるマリンさんと会うのも待ち遠しいでしょう」
グールトは,戸棚からリボンのかかった小さい箱を出してきた。
「これを,モーリさんにあげるから,どうぞ,マリンさんへ,きみからのお土産として持っていってください」
モーリは驚きながら,その包みを受けとった。
「ありがとうございます。とても,うれしいです。中味は何でしょう?」
「私が作ったバラの花の形の銀のブローチです。丁寧に作ったから,きっと気にいってもらえると思います」
「彼女はきっと喜ぶと思います。グールトさんの作品は,どれも素晴らしいものばかりです。本当にありがとうございます」
モーリは大事そうに,自分の部屋に持っていって,荷物の中にしまった。
○
みんなが楽しそうに話をしているところへ,空見官のベルンがやってきた。彼はオーバー・コートの肩に雪を積もらせていた。彼は玄関でその雪を払い落とすと,部屋の中に入ってきた。
「やあ,やあ,ひどい雪になったね。外は寒いですよ。みなさん,クリスマス,おめでとう。遅くなってすみませんでした。仕事が思ったようにはかどらなくてね。先にはじめてくださればよかったのに。どうも申し訳ない」
「さあさあベルンさん。こちらへどうぞ」とグールト夫人はオーバーコートを脱がせて,彼をテーブルへ招いた。すでにテーブルに着いていた,グールト,ヨーマ,モーリの三人も,立ちあがって笑顔で彼を迎えた。
ベルンはいすに着くと,グールトの家にくる時に,モルゼ丘の上であったことをみんなに話しはじめた。
「私が家を出て,丘をおりようとした時なんだがね。私の耳元を,冷たい風が吹き抜けていった。その時,風車の羽根がまわる音とともに,風の音が聞こえた。それは,遠くの方から何かささやきかけているようだった。私は立ちどまり,その声をもっとよく聞こうとして,目をつぶり,耳をすました。そして私は,そのかすかな風の声を聞いた。何だったとも思う?モーリさん」
「さあ,わかりません」と言って,モーリは首をかしげた。
その声は,モーリさんの名前を呼んでいたんだよ。寂しそうにね。声は小さかったけれど,確かにモーリさんの名前を呼んでいた。それは,女の子の声のようだったよ」
モーリは,そのベルンの不思議な話を聞きながら,故郷のカムラ町にいるマリンのことを思い出した。
彼女は,寂しいクリスマス・イブを過ごしているのだろうか。
プレゼントとして送った砂時計は,喜んでもらえただろうか。
モーリは窓の方を向き,雪の降りつづく空を見た。
その空は,マリンの待っている故郷の空へとつづいているはずだった。
そして,モーリは,明日の朝になったら,一番の飛行船で故郷のカムラ町へ帰ろうと思った。
○
雪はなおも降りつづけ,ナーガラ町の夜を,静かに,白く,美しく,変えていく。
(『ナーガラ町の物語』株式会社サンリオ1988年現在は絶版)