言葉のてびき
教育出版株式会社 編集局
Q8
「遵法」か「順法」か
国語辞典や用字用語辞典の多くは,「じゅんぽう」の項に「遵法・順法」と,両方の表記を掲げているが,新聞・テレビ・雑誌等のマス‐メディアにおいては,むしろ「順法」のほうが一般的である。なぜ,このような書きかえが定着するにいたったかは,次のような事情による。
「当用漢字表(とうようかんじひょう)」が制定された時,「同じ音で意味の近いものは一方を省く」という方針が採用され,その方針のもとに,漢字書きかえの例として,「同音の漢字による書きかえ」が国語審議会報告として示された。それによって「焔→炎」「稀→希」などの漢字の書きかえが行われたが,「遵→順」は,その中には示されていなかった。それは,「遵」「順」のいずれもが,「当用漢字表」に掲げられていたからである。
ところで,国語審議会は,5年間の実施に基づいて当用漢字表の再審議を行った。その結果は,昭和29年3月「当用漢字補正資料」としてまとめられたが,その中の「当用漢字表(音訓表・字体表を含む。)から削る字」に,「遵」が掲げられた。国語審議会は「当用漢字表の補正は,その影響する方面や範囲が広く深いので,この漢字部会の補正資料は,このさい一般の批判をもとめ,今後なお実践を重ねることによって,その実用性と適正さが明らかにされると考えられる。」と,その取り扱いについての意見を付し,また,文部省は,「教育の上でのその取扱いは,これによって別に変更されません。」という通知を出した。
しかし,各新聞社は,この補正資料に基づき,「当用漢字表」を補正して使用し,また,国語辞典なども,補正資料に基づく書きかえ表記を並列して掲げるようになった。その結果,両様の表記が並列して行われ,マス‐メディアにおいては「順法」のほうが定着するにいたったのである。
したがって,「常用漢字表(じょうようかんじひょう)」が施行されている現在,「当用漢字補正資料」は効力を失ったわけで,「遵法」が本来の正しい表記ということになるが,広く一般に使われている「順法」を否定するわけにもいかない。(「順法闘争」の語は今後も定着するであろう。)なお,「常用漢字表」の「遵」の語例欄には,「遵法」が掲げてあるが,「順」の語例欄に「順法」はない。
これと同じような例として,「濫(乱)用」「濫(乱)費」「鍛錬(練)」などがある。
この記事は,画面の幅が1024px以上の,パソコン・タブレット等のデバイスに最適化して作成しています。スマートフォンなどではご覧いただきにくい場合がありますので,あらかじめご了承ください。